眠らない街の淡く果てない夜
 
寝巻きに一枚羽織った姿で、ロイエンタールは夜の廊下を歩いていた。
きしきしと床をきしませながら目を伏せて歩む。
 
きし。
 
足が止まった。
暗い庭に向かって声をかける。
目的のソレはそこにいる。
「ルーシェン、泣いているのか?」
 
ポツリと闇に赤い火が点った。
「おいで」
咽喉に染み付いた笑みが甘く呼ぶ。
一つ息をつくと、傍にあった下駄を引っ掛けて庭におり、さくさくと芽吹き始めた雑草を踏みしめて火によっていった。
案の定、ルーシェンが心地よさそうに座り込んで、花の天蓋を仰いでいる。その姿に薄く笑んで聞いた。
「花見か?」
「ああ」
「あんたが紙巻喫んでるのは初めて見るな」
「禁煙してたからな。子供出来てから」
「禁煙はもういいのか?」
「いいわけじゃねーけど、もう、これから本格的に夏だから」
機嫌の良い猫のように咽喉を鳴らして笑う。
「酔ってるのか?」
「花見だから」
あたりを見回すまでも無く、銀髪の男は空手だ。
上から覗き込むと、男は一瞬不思議そうな顔で見上げたが、軟らかく微笑んだ。
「どした?」
「酒があったら酌でもしてやったのに。と、思ってな」
「えらくサービス満点な?」
「あんた今云っただろう。夏だからな」
愛想の無い声でロイエンタールが呟く。
「・・・、花の下で酒がいるか? オスカー」
「生憎とあんたほど粋じゃなくてな」
「くく、アハハっ」
かわいいねぇ、オスカー。といって生まれたての子供のように笑う男に、ロイエンタールは極々自然に眉を顰めた。
「ルーシェン、泣いてるのか?」
「え? ああ、涙出るほどカワイーよ」
といって目尻を指で掬う。
答えない義理の息子(?)に重ねて問う。
「どした? オスカー」
「何時までもいると、花冷えするぞ」
「ああ、わかってんよ。ありがとな」
「・・・・・・・・」
「オスカー?」
「藤に、罪はないけどな・・・」
豪奢に咲き誇る藤の大樹をみあげながらロイエンタールは朴訥に呟いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、オスカー」
「なんだ?」
羽織を手で抑え、見上げるルーシェンと再び視線を合わす。
「お前、何故女に生まれてこなかった?」
「それは月花様に聞いてくれ」
珍しく眉を顰めもせず、薄く笑んで答えるロイエンタールを、ルーシェンは抗いようの無い妖しさで見つめる。
「ルーシェン?」
その眼差しを疑問にも思わず、惑わされもせず。
ロイエンタールはルーシェンを待った。
そして、それは一瞬でロイエンタールを絡め取る。
腕を回したルーシェンが、無理な体勢のままロイエンタールの腰を引き寄せ、咽喉を反らしてロイエンタールの丹田にその女よりも美しい指をあてがう。
「お前が女だったら、ウェンリーから奪ってでも俺の子を産ませるのになァ」
寝巻きの上からでもルーシェンの狂気の滲んだ残念な吐息が沁みて来るようだった。
しかし、ロイエンタールはその狂気を当然と受け止め、そのまま有体に質問した。
「なぁ。じゃあ俺が男のまま、タイリと同い年でタイリのものだったら、あんたどうしてた?」
「無論、掻っ攫って逃げた」
なんの躊躇いもなく、ニッと口の端を歪める。
「無論・・・ねぇ」
「まさかタイリを殺せねぇしな。あいつがぜってぇ追ってこれねぇとこまで逃げたさ。んでもって独り占め。決定ぇ♪ マァ、俺に二度息子は裏切れんからな。一度目ならいいんだ。誰にでも過ちはあると自分を誤魔化せるからな」
毒々しく舌を出してから、ひたと拘束の瞳でロイエンタールを見つめる。
「オスカー。今度生まれてくるときは、俺の子を孕めよ」
それを心地よくヘテロクロミアで受けながら、当然のように受諾する。
「生まれ変わることなんかがあったら、な。ああ。あんたの子を産んでやるよ」
彼には拘束の瞳こそ通用しなかったが、その力を置いてもロイエンタールはこの藍色の宝石の輝きをこよなく愛していた。そう、その持ち主ごと。
 
その一言で、満足したのか、ルーシェンはフッといつも他人に見せている顔に戻った。
「にしても、ほんと今日はどうした? 何かあったのか?」
「ちゃんと、云っただろう? もう、六月も終わるからだ」
「それがちゃんとかぁ? ウェンリーとなんかあったのか?」
「寝室をたたき出されただけだ」
ぶほふぁっ
咳き込んで腕が離れたところを後に倒れたが、ロイエンタールの膝が止める。
「ってお前、マジになにやったんだよ」
「別に何も。ただあんたの息子に庭まで散歩にいってこいと追い出された」
淡々と答えるロイエンタールに、ルーシェンは滲むように顔を顰めた。
「アァ、あいつ、まだ忘れてなかったんだな・・・」
「別に、忘れるようなことでもないだろう。経過した年月は関係ない」
「ンだとぉ、いったなぁ? じゃあお前今すぐ自分の母親の名前云ってみろよ」
「・・・・・なんとか・フォン・ロイエンタールだ」
憮然と傲慢に言い切るロイエンタールに、流石にルーシェンも引き攣る。
「さっすが、オスカーちゃん・・・」
けれど、微笑ましそうにロイエンタールを見つめると、その身を指先で押す。
「マジで、心配かけて悪かったな。大丈夫だってウェンリーに云ってくれ」
「まだいるのか?」
眉を寄せて問う。
「今日ぐらい許せよ。・・・ああ、オスカーが「パパw」って云ってくれるなら今すぐ室にもどっても構わないんだけどな〜www」
勿論、ロイエンタールの返答は、恐ろしいほどの満面の笑顔で。
「それだけは、何度生まれ変わろうとも絶対やらない」
だった。まぁ、らしいっちゃー、らしいね。
予想通りの反応に、咽喉をくつくつ鳴らしながら身をよじってロイエンタールを呼ぶ。
「愛してるぜ、宇宙一だ」
ロイエンタールも、振り返って、穏やかに冷たく答えた。
「知ってると思うが・・・、俺も愛している」
 
「ったく、マジで今日はなんてぇ日だよ。夜伽の代わりに答えてきな。宇宙一?」
「ああ」
笑みのままロイエンタールが答える。
「ウェンリーは?」
「アレも宇宙一」
ルーシェンに横顔を晒しながら、思い出を見るように答える。
「あんた以上に魅力的な男なんていない。俺が知ってるのはそれだけだ。初めて見たときから、あんたはそういう男だった」
「もっかい。ウェンリーは?」
「ウェンリーは初めて見たときからウェンリーだった」
「ビミョ〜に格差を感じるのは俺の僻みか?」
「僻みだ」
「最後に一つ。それでお前が俺じゃなくウェンリーの伴侶なのは?」
その問いに、ロイエンタールは最後に不思議そうに眉を寄せる。
「当然、はやいもん勝ちだが?」
「うっわ、最悪」
 
 
「お帰り。早かったねぇ」
障子にもたれていたヤンが振り向いて微笑む。
「今は夜中だ」
「朝まで帰らない覚悟で送り出したのに」
「たたき出したに訂正しろ。というか、朝帰りだったらどうするんだ」
「勿論、速攻で親父を殺しに行くとも」
「だろうな・・・」
「本気でお前を落せるのは、あの人ぐらいだからな」
凍えるような冷たい声。
「お前、もっとマシな愛情表現とか、賞賛とかはないのか?」
「そんなもの・・・、あの人は欲しがらないから。それに、あの人の情けない顔って本当にいやなんだぞ。あの人は落ち込む時でもカッコつけて落ち込んでくれるから良いんだが。情けないあの人は本当に堪えるんだ。母さんにも申し訳ない」
「・・・・・・」
「あの人は今でも母さんもメイファンさんもお前も、そして私とタイリも愛してるからな。情の深さがあの人を傷つけるなんて、どうすればいいっていうんだ。けど、私はあの人を殺せない。殺して、あげられない・・・」
「お前が、そうやって誰かについて語るのも、ルーシェンだけだって知ってるか?」
「知ってるさ、それぐらい・・・」
 
六月末日、変わることの無い、それはカトリーヌ・ルクレール・ヤンの命日である。
 
 
おしまいw
 
 
あとがき
うふふ、ルー×ロイw
基本的にこの二人両想いですよ。思うだけの美学。煉獄のストイックだけど、禁欲でないところが大好きw
ちなみに、ルーとロイとヤン。「無論」「当然」「勿論」。三人とも結局同類です。
あ、間違ってもロイが愛してるのはルーとヤンさんだけですから。
愛してるというか・・・ルーさんには「惚れている」の方が確かかも・・・ベタ惚れですね。
さわられるのも煩わしいロイエンタールさんですが。って実は観賞用?
なーんか、今回もルーさんの何時までも若く美しいアヤシさが十全に書ききれなかったような・・・。悔しい。ルーさんの魅力に私の感性がまだまだ追いつかないのね・・・。よよよ。
 
原作って、もっとロイ違うかったよなぁ?
ウチほどかけ離れてるロイっているのかな?
しかし、ヤンと過去からますと、どうやっても野心家になってくれない・・・・。


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