帝国元帥の帰還
「お帰りなさい、この子の名前をつけてくれないかしら?」
「ん〜」
開いていた窓をヒラリと飛び越えて、気持ち髪が伸びたロイエンタールが部屋に入ってくる。
「ただいま」
「どこ行ってたの、お前・・・」
「・・・いろいろ、いっぱい」
「ふぅん」
ヤンはおくるみにくるまって眠っている赤子を差し出す。
「はい」
「ほぅ、はじめまして」
「名前、つけて」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、キスイ」
「え? キ?」
「『キスイ』。なんかそんな顔をしてる」
その響きからヤンが感じたものは、尊い命。生命の源。湧き出してくる力・・・。
「う〜ん、貴翠? 姫翠? 不思議な名前ねぇ」
「ようこそ、キスイ」
ロイエンタールは眠る額に、一つキスを落とした。
「ああ、やっぱり貴翠ね。貴翠・フォン・ロイエンタール。楊貴翠・・・うーん、どっちも語呂悪くない?」
「別に俺は気にしない」
「そりゃアンタはね」
「キスイも気にしてないぞ」
「寝てるからでしょ」
「お母様・・・あっ、父様!」
「よう、エマイユ久しぶり」
「だからいったでしょう、エマイユ。すぐだって」
「・・・けどお母様、今ここにいるためには、お母様の陣痛がはじまる前に、フェザーン宙港についてなきゃいけないんですが」
「土産、いっぱいあるぞ」
「わかってるよ、オスカー。お前が家族にわざわざ土産を買ってきたわけではなく、旅先でみつけた面白いもの、手当たり次第に持って帰ってきただけだってのは」
畜生、コイツ半年前サイフももって出なかったクセにっ。
「ちぃーっス、ヤン元帥」
「おやポプラン、久しぶり。お前が遊びに来てくれるなんて、これっぽっちも考えてなかったよ」
「またまたーー、かわいい部下に会えてうれしいクセにぃーー。っと、この子が元帥閣下のお子さんっスか? 二人とも元帥が産んだとはとても思えん程かわいいっスね」
「私が産んだんだ、かわいいに決まってる。ところでお前、帰れ」
笑顔でさわやかにいったヤンに、ポプランがすがりつく。
「ぎゃーーーーー! 元帥ーーーー! お代官様〜〜〜」
「久しぶりにテンション高いなお前は。楽しい冒険の予定でもあるのか?」
「楽しい冒険にはもう行ってきました。辺境惑星をブラブラしてきましたが、愉快なお友だちができたんです」
「お友達・・・・?」
死んだ友とは比べるべくもないだろうが、コイツにお友達ができたのは喜ばし・・・。
「だってソイツ、ほんっとに面白いんですよ〜〜。なんでか行く先々で出会うんですが、フツーにアイパッチしてて、フツーに街歩いてて、なおかつ違和感ないんスよ〜〜」
「そりゃあ変だ。なるほど」
「はじめて会ったのは、半年くらい前かな? 賭場で淡々と馬鹿勝ちしてんスよ。美形のクセにとぼけたツラして。んでまぁ、なんとなく、一種独特のエスプリを感じさせる勝負師でしたね・・・勝つところは勝ち、引く時は引く。みたいな。実に、淡々と」
「・・・・・・・・・・・・」
「あ、あの。母様」
「うん? もうちょっと聞こうか」
「インネンつけてくるやつには、涼しい顔して返り討ち。ロイ・マスタングって名乗ってましたけど、ありゃ絶対偽名ですね」
「ほほぅ?」
「そろそろフェザーン戻ってくるんじゃないかなーーと思って、これから賭場に行こうかと。その前にちょっと元帥の顔でもみようかと思って」
「寄ってくれて助かったよ。ありがとうポプラン」
「え? アレ? げ、元帥〜?」
「エマイユ、ちょっとキスイちゃん抱いててくれるかい?」
「か、か、母様、夫婦喧嘩はほどほどにぃ〜〜〜」
「げ、元帥どこいくんスか・・・・」
どかん!
「よぅ、珍しいなウェンリー、お前が仕事中にくるなんて」
「オイ」
本日の奥方は機嫌がよろしくないご様子・・・とベルゲングリューンとホルツバウアーとランベルツがそれぞれ一歩づつさがった。
「お前この半年どこで何してやがった? 随分楽しかったそうじゃないか・・・」
「ん〜〜〜〜、なんのことやら?」
楽しそうにニヤリと笑ったロイに、あでやかに微笑んだ。
「ネタはあがってんだゾ? ロイ・マスタング」
「そんなもん誰から・・・・・・・・・・って、よぅ、ポッピー久しぶり」
なんとなくヤンを追いかけてきたポプランが旧知の友人に軽快に挨拶を返した。
「よーー! ロイじゃん久しぶり〜〜〜って、はぁぁ!?」
がばっと、ポプランはバッタのように壁にへばりつく。
「ろ、ロイちゃん? なんで帝国の元帥服なんか着てるの?」
「それはこの男の職業が帝国元帥だからだよ、ポプラン」
ヤンは非常に残念そうにため息をついた。
「お前には紹介していなかったかもな、これが私のかわいい長女と次女の父親の、オスカー・フォン・ロイエンタールという奴だ」
「で、でもコイツ、ロイちゃんなんですが・・・」
「でも、ヘテロクロミアだろ?」
「あっ本当だ。ってお前が元帥かよ!ありえねーー!マジありえねーー!ウチの元帥よかありえねーーー! 帝国軍はそゆとこマトモだと信じてたのにぃーーー!」
「ん〜まぁ、よろしくな?」
「ヨロシクしたくねーー! って元帥。俺らこんなアホと真面目に戦争やってたんスか!!」
「今のセリフでこいつが家出中どんなだったか、なんとなく良くわかった」
「ってか、帝国元帥ってロイちゃんでも大丈夫なんですねーー」
「信じがたいことに、そうらしい」
「ってか、帝国軍はこいつを元帥にしても無事だったんですね」
「とっても信じがたいことに、そうだったらしい」
「うーーわーー、ヤン元帥、俺がいままで抱いてきた美しい敵国のイメージが崩れてとってもがっかりです」
「今度から元敵国をイメージするときは、オスカー・フォン・ロイエンタールを除外しなさい」
「・・・はーい」
「酷い云われようだな、俺はこんなに有能なのに」
「あいにくだが、ロイちゃんが有能なことと、この問題はまったく関係ない」
「そうだよ、全部お前が悪い」
「俺が何した・・・」
「それはこっちのセリフだよ、お前辺境宇宙で何してきた!」
「ん? えーーっと・・・」
秒針一周分考えて・・・。
「特になにもしてない」
「・・・ああ、だろうな。だと思ったよ」
「本当だぞ」
「いや、わかってるよ。お前は何も考えずに、ふつーに、いつもどーり行動してただけなんだろう?」
「ああ」
「あ、あの、ヤン元帥」
「ポプラン。この男の遵法精神ってのは軍人にオプションでついてるものなんだ」
「ヤン元帥、こいつの行動って宇宙海賊と大差なかったです」
「とりあえず、海賊王の称号はゲットしてきた」
のんびりとのたまうロイエンタールに、ヤンはがっくりと肩を落とした。
「純水培養で無法者だから。この方・・・」
「巻き上げた宇宙船と、偽造パスポートはもう処分したから、発覚しないぞ」
「違うだろ! 帝国元帥ってそんなもんじゃないだろ!!」
「だからお前、バレなきゃ犯罪じゃないってその精神が・・・」
「ただいまかえりました、おばあさま! おきゃくさまですか?」
「おや、トーマお帰り」
元気よくかけこんできた孫に笑顔で応え、元部下の胸倉を引っつかんで低く囁いた。
「孫の教育によくない」
「わかります」
「お帰り、トーマ。この人はおじいちゃんのお友達でオリビエ・ポプランというんだよ」
「ポッピーだ」
トーマは利発そうな瞳で祖母と祖父を交互に見ると、にこっと知らない男に挨拶した。
「はじめまして、トーマ・フォン・ファーレンハイトですっ。ポッピーさん」
祖父が祖父で祖母が祖母なせいか、物怖じしない。が、ポプランはこけた。
「あ、あのな、トーマくん、できればポプランと」
「違うよ、トーマ。ポッピーおじさんだ」
「どっちが孫の教育によくないんスか、元帥!」
「トーマくんてば本当に礼儀正しくて、お行儀がよくて。日頃のしつけがこんなところに出てきて、おばあちゃんは嬉しいゾ、トーマ。えらいえらいv」
「えへへーー」←わかっていない。
「そうだな、トーマは行儀がよくて、覚えがはやくて」
『おて、おすわり、ふせ、おかわり』←ロイ的教育イメージ
「いい加減、お茶犬からはなれろちゅーとんじゃ」
バキッ
「げ、元帥、ロイちゃ、孫の教育はどこに・・・」
思わず幼子を庇うよう形になったが、その幼子はにこにこ笑っている。
「おじいさまとおばあさまは、いつもけんかしてるんです。とってもかっこいいです」
「そ、そうなの」
たどたどしいながらも、元気の良い幼子に好感は抱くが。
「はい! とってもなかよしなんですっ。ぼくだいすきです」
(間違ってる! ヤン提督絶対孫の育て方間違えてる!!)
「トーマじゃないか、お帰り〜」
「ファーター!」
顔をりんごにしてファーレンハイトに飛びついたトーマ。逆方向から、キスイを抱いたエマもやってきた。
「トーマ、おじいちゃまたちは?」
「なかよししてる!」
にっこり笑って母の腕の中の赤ん坊に、幸せそうに話しかけた。
「う〜ん、キスイおばたんはかわぅいな〜、おっきくなったら、いっぱいいっぱい、けんかしようね〜」
「・・・・・・・、あ、あの、ご夫婦、ご子息の教育環境はこれでオッケーなんですか?」
「にぎやかですから、息子も楽しいと思いますよ」
「え、え〜っと、私は全面的に大丈夫だとは思わないんですが・・・愛だけはたくさんあるから、いいかと・・・」
愛さえあれば、いいってものでもあるまい。
おもろい友人は家族もおもしろかった!
暫し呆然とたたずむポッピー。
「コーネフ、俺、元気でやってるよ。そっちはどうだい? ってコーネフが俺に甘い顔するはずがなかったや。ハハハ」
しかし、コレ以降、親しい友人としてこの一家にまとわりつかれるとは予想もしていなかった。
めでたしめでたし
「け、けどぉ〜海賊ってゆっても、手配されてたわけでもないし、むしろザコが一掃されて、辺境宙域もちょっと平和になったってゆーかー」
「わかってるよ、しばらく平和なはずだ。しばらくは。けど、今後コイツが通った地区から、変な新興宗教ができたとか、自称こいつの弟子とかいうヤツができたりしたら、わたしは知らんぞ」
そう、この宇宙海賊ロイ・マスタングとやらは、その後うわさに尾ひれがついて、伝説の大海賊になったが、ロイエンタールは当然、ちっとも気にしていなかったという。
(コーネフ・・・俺、お前がいないけど頑張ってるよ・・・)
生前からちっとも助けてくれなかった親友に向かって、ポプランは空しく呟いた。