眠らない街の夢の欠片たち  第2話
 
  ワールド・チャンピオン限界突破並びに七曜の武器完全制覇記念!
    番外編・終わらない夢 第壱話イブ〜〜〜♪
 
「ぴ・た・りっ 抱かれりゃピカイチき・れるっ アル・フォーーーーンスっ!」
ご機嫌に鼻歌を歌いながら自分のスパルタニアンを磨いている真雪の後ろ姿をみながら、ホゥとユリアンはため息をついた。
何がなんだかわからないが、アルフォンスの部分しか聞き取れない。真雪が愛機につけて呼んでいる名前だ。何か意味がある言葉らしい。
ちなみに、その前がスカルワンで、その前がデスサイズだった。彼女は常々スパルタニアンが変形合体しないと不平を捏ねている。なんでだろう?
いつまでも楽しそうに磨き続ける真雪の背中に声をかけた。
「ユキちゃん。ミトキ誘ってお茶にしない?」
「あっ、ユリくぅ〜〜ん♪」
 
スパルタニアンの格納庫から、真雪と連れ立ってローゼンリッターのトレーニングルームのあるフロアに向かう。
真雪とその兄の美時と知り合ってから、ユリアンのイゼルローンでの生活は見違えるほど広がった。
「あーーつくーー、感じてくる〜」
さっきの歌を歌いながら、ぴょん・ぴょん・ぴょんと撥ねるように先を行く。
歌詞はわからないが、軽快で明るい曲をユリアンもハミングしていた。
「ユキちゃんて不思議だよねーー」
「えーー? なにがーー?」
「女の子なのに、一緒にいて気詰まりじゃないもの」
しなやかで生き生きとした不思議な女の子。真雪の動きは、草原をわたる風と、輝く青空とを感じ、自由に駆けるカモシカのようだ。
「うーーん」
真雪といるときだけは女の子に感じる苦手意識を忘れる。
「それって、女の子の数に入ってないってことじゃない?」
むーーっと、真雪がふくれると、信じられないくらい可愛い。
「ち、違うよ! ユキちゃんは可愛いよ!」
「ありがとうっ、ユリくん」
オマケに笑顔は太陽をいっぱい浴びた花みたいだ。
・・・女の子というとヒソヒソ話とクスクス笑いを真っ先に思い浮かべるユリアンには、真雪が不思議な生き物に見えて仕方ない。いや、もしかしたら。
真雪は大人なのかもしれない。そんな女の子たちよりはるかに・・・・。
「もーーー、どーーしたの? ぼんやりして。私のど渇いちゃった。はやくいこう?」
面白いものを探す子供のような、きょろきょろ動く瞳にユリアンは苦笑する。
「ユキちゃんて、大人なのか子供なのかわかんないよね?」
真雪の黒髪が天使の光沢を放ち、ユリアンは先ほどよりもやや重いため息をついた。
女の子は神秘だ。
 
先に知り合ったのは、双子の兄の美時のほうだ。
はじめてみたとき、変なコだな。と思った。
美形のクセにいつも顔を隠している。
けれど、一番年が近かったので、他愛ない言葉を交わす仲になった。
今日のトレーニング。美味いカフェ。同じ趣味の料理のレシピ。
そんなある日。コーネフ少佐の部下の1人に・・・。思いっきり撃墜された。
あんまり綺麗に墜されたから、思わずぼけーーとしてしまった。
「ユリアンくんでしょー?」
シュミレーションマシンから降りてきた少女がメットを脱ぐ。
太陽がいっぱいの笑顔で訊かれた。
「お兄ちゃんからハナシは聞いてるの」
 
 
サバサバしてるけれど男っぽいわけでもなく、女の子ほどドキドキしない。
「そーゆーの、なんて云うんだろうね?」
「思いっきり問題外って云われた気がするなぁ」
とはいいながらも、夏草が次々花開くような笑顔で云ってくれた。
「「ガールフレンド」でいいんじゃない?」
ストンと胸に落ちた。女友達ほど遠くもなくて。彼女ほど近くもない。
「じゃあ、僕はユキちゃんのボーイフレ」
「それは時ちゃんが妬くからダーーメ♪」
「・・・。こっちのほうが論外って云われた気がするよ」
「きっとね、これは異文化コミュニケーションなのよ」
にっこりと真雪が笑った。
「だってホラ。エイリアン(異星人)なんだから」
 
「お兄ちゃんまだトレーニングみたいだから」
と真雪が云うので、喫茶店で待つことにした。間違っても連絡は取ってないと断言できる。
双子ってそんなもんなんだろうか?
クリームソーダと真雪ちゃんて似合うな。とユリアンがのほほんと思っていたら、運悪く、ウィンドー越しに不良中年の1人と目が合ってしまった。
にまぁーーと楽しそうに笑って、わざわざ店の中に入ってきてまで冷やかしてくれた。
「ユリアン、彼女を紹介してくれないか?」
云ってくれたな。けれど今の僕は無敵だ。とユリアンは思った。
「「ガールフレンド」のカシワ・マユキちゃんです。シェーンコップ准将」
「はじめまして。兄がお世話になっています」
背筋の伸びた軽やかな声で、はきはきと真雪が応えた。
「ミトキの双子の妹ですよ」
「ああ、あの「青春の苦悩」カシワか」
「あはははははははっ。それでーーすっ」
「どーしたら、あんな屈折したボーヤになるんだか」
「えーっとですね、両親が生まれてからずっと別居で、親戚の家に預けられっぱなしで、しかも両親には滅多に会えず、更に10歳年上の美女としかいえない優しい彼女がいて、その上」
「ミトキって彼女いるの!?」
「その上、軍にきてからその彼女に一度も連絡入れてないとああなります」
「自分から袋小路に突っ走る、まさに青春の苦悩だな」
「おまけにその親戚の家ってのがベラボーな金持ちで、周りからちやほやされまくったおかげで、故郷じゃ呑気なボンボンでいなくちゃいけないんです。苦悩させてあげてください」
プライバシーを暴露しまくった挙句、困った顔で付け加えた。
「よかったら、からかいまくって、シゴキまくってください。あの馬鹿兄貴にはそれぐらいでちょうどいいです」
「レディーの期待には背きたくないな」
真雪のあんまりな言い草にも、なんでもないことのように云うあたりは年の功だ。
「ところで・・・」
「はい?」
「誰かに似てるって云われたことないか? 真顔になると急に・・・」
一瞬動揺したスキに目をはずさないのが柏クオリティー。
「よく云われるんですよねぇー、楊貴妃に似てるって。母親似で美人だから〜」
飲み屋の酔っ払い並にかわされたことに気づいたシェーンコップが吹き出す。
「邪魔して悪かった、ユリアン。ゆっくり楽しめよ。「いい女候補」なガールフレンドと」
 
そういえば・・・。
5分ほど後になってシェーンコップは思い出した。
あの少女に、美時の体術について聞くのを忘れた。
かわった古武術を体得しているのだろう。フェンシングや空手とは違う身ごなしだ。
真雪のきびすを返す仕草が誰かに似ているような気がした。
ヤン・ウェンリーに似ていると思ったのは同じ東洋系だからかもしれないが、また違う。
たてがみの様な白い髪の後姿。
(・・・?)
今度美時にでも聞いてみよう。レティシアという知人がいるかどうか。
 
「ふーー、迫力だねぇ。シェーンコップ准将って。疲れちゃった」
「あれだけいったら充分じゃない、マユキちゃん」
ユリアンは素直に真雪の蛮勇をたたえた。
「それにしても、マユキちゃんの故郷のこととかって、はじめて聞いたよね?」
「・・・ごめん」
「えっ、なんで謝るの!?」
「両親のこととか、ナイショにしてて。ユリアンのご両親は亡くなってるっていうのに。生きてる両親のこと愚痴るのは贅沢かもとか・・・」
「贅沢なんかじゃないよ! そんな遠慮されても嬉しくない」
「うん、・・・あのさぁ。あのね、ユリアン。私とお兄ちゃんのこと、ヤン提督にナイショにしててくれないかな?」
「え? なんで提督に・・・」
「故郷のことね? ヤン提督と同じトコなんだ。私たちはともかく、両親のことは知ってるから。聞いて欲しくないんだ。そのうち私達から、自分で話したい、から」
「あの、ね。ユキちゃん。僕の本当の父さんがゆってたんだけど。タイミングっていうのは自然にくるんだって。・・・父さんは紅茶入れるときに云ってたけど」
いつになく元気のない友人に約束する。
「ヤン提督には訊かない。ユキちゃんとトキが話してくれるの楽しみにしてる」
「・・・うんっ」
「僕の死んだ両親の話もきいてよ、ね」
「ありがとう、ユリアン」
「あ、ミトキだ。訓練終わったんだね。待ち合わせもしてないのに、なんでまっすぐくるんだろう?」
『よぅ! ブルームハルト大尉から、フライングボールルームの割引券貰ったんだ、明日三人で行かねぇ?』
ウィンドウのこちら側で、二人がにっこり笑った。
「「行くーーー♪」」
問題は明日である。
 
「ヤン提督の故郷ってどんなところなんですか?」
夕飯を作っていたユリアンが、何気なく訊いてみる。
頭が痛いといいながら、ソファに転がっていたヤンがぼんやりと応える。
「・・・生まれたトコはハイネセンの病院だけど。そういうイミじゃないんだよね?」
珍しく故郷のことを思い出し、瞳を閉じる。
ふるさとの風を感じた。
家はあの白い船だった。けれど故郷の一言で思い出すのは、一族が住まう場所。
はるか地球の谷のビジョンとフェザーンの花街を同時に感じる。
懐かしい。
懐かしい?
「遠いところだよ。とても遠い」
「頑張れば四日でつく・・・わけじゃないんですか?」
それを云ったのは真雪だ。
「いや、三日で・・・なんでもない。定期航路なら二月はゆうにかかるな」
あの白い船はもうないのだと思い出して訂正する。無いほうがおかしいんだ。
いつまでたっても失われたことを認められない自分に言い訳する。
懐かしい場所。懐かしい人たち。私はそこへ帰る資格を失ってしまった。
「ナッシン・インポーーッシブ〜〜〜」
遠い場所だ。ぼんやりしながら口ずさむ。
「ナッシン・インポッシブル」
不可能などない女神様がしろしめる場所だった。
他の場所など想ったこともないのに。ふらりと棄ててきた故郷。
本当は知っている、帰ろうと思えばいつでも帰れる場所にあると。
けれど遠い。蜃気楼の街。
「ナッシン・インポッシブル」
もう一度繰り返した。原曲では二回だけど。
原曲!?
パチッ。
「私、今、何を歌ってた? なんで「未来派Lovers」?」
イゼルローンに存在するはずのない歌じゃないか。思い出すには唐突過ぎる。
台所に声をかけた。
「ユリアン、今、お前なにか歌ってなかった?」
「え? なんのことですか?」
(え、えーーっとマユキちゃん。歌もナイショに入るの!?)
無意識に昼のメロディーを歌っていたユリアンだ。
「いや、まさかな。ここにこれるのはあの、双子くらいなものだし。あの子達がそんな」
(双子!?)
「何か、いまどきの歌でメロディーラインが近いのがあったんだろうな」
(ユキちゃん。ナイショって。本当に内緒にしなくちゃいけないことだったの?)
「すまない、ユリアン。なんでもないよ」
ヤン・ウェンリーは、真雪とは似ても似つかぬ笑顔で、ゆったりと笑った。
 
「困ったねぇ」
「んーーー」
コテン
「あっ、お兄ちゃん! なんで膝枕!」
「だって、膝枕してほしいもん」
「もーー、しょーーっがないなーーーっ」
「ふかふか♪」
「実の妹の膝枕にふかふかを求めるな! あと、足に腕からますな!」
「にへへへへ」
「しんのすけ笑いも禁止!」
「だって、俺らユリアン嫌いじゃねーもんなーー」
「問題はそこだ」
イゼルローンの人工天体にも人工の夜は来る。
夕飯の買出しついでに、森林公園で休憩中だ。
「ママが軍にいる。と思ったらいてもたってもいられずにここまできちゃったけど」
「いつの間にか母さんは出世してるし。いや、父さんもだけど」
「一般兵士のほうが死亡率はるかに高いよねぇ」
「なんで人間ってのは、成功した時のことしか考えねぇんだろーなーー」
「ねーー」
「ユリアンから母さんとる気じゃなかったんだけど」
「ユリアンに家族で暮らしたいなんて希望いってもいいものかどうか」
「だって、暮らしたいんだもん。父さんと母さんと」
「そもそも、ママ連れ戻せるかもあやしいし」
「そもそも、母さんに会えてねぇ・・・!」
「だって、見つかったら怒られそうなんだもん」
「ブッ殺されそうな気がする・・・」
「「う〜〜〜ん」」
「そもそもっ! 俺らが母さんと暮らせずに、赤の他人が俺らより長く母さんと暮らしてるのがズルイ!」
「そーーーよっ! 私たちだってママと暮らしたいのに!」
「トラバース法が悪い!」
「そうよ、トラバースさんが悪い!」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・」」
「なんでママは養子を引き受けたのかな? そもそもなんで同盟にきたの?」
「ヤケだよ、ヤケ! 母さんが軍人になったのも、父さんが軍人になったのも。ついでに俺らがイゼルローンに来たのもヤケ! 全部ヤケ!」
「おにい・・・」
「軍にきて。生きるか死ぬかの状況で。もしかしたら楽になれるかもしれないって」
「・・・・・・・・・・・・・」
「絶対、死ぬなよ。お前パイロットなんだから」
「お兄ちゃんこそ」
人工の夜。
「とんでもないとこきちゃったね」
「ああ」
「これからどうしよっか?」
「考えないできたからなーー」
「とりあえず晩御飯つくろうよ」
「だなっ!」
ガバっ
と折角おきたのに、おきた途端絡まれた。損した。
「よーー、カシワ」
「いいご身分じゃん」
「だ、だれ?」
「・・・・・、俺の先輩たち」
ローゼンリッターのお兄さんたち。
「なんか公園でトラバースの悪口ゆってるヤツラがいたから見に着たんだよ」
「可愛いじゃない。カノジョ?」
「カノジョでーーーっす」
「嘘つけえええええ!」
「やっだーー、お兄ちゃんたら照れちゃってぇえ」
「え、お前カノジョにお兄ちゃんなんて呼ばせてんの?」
「うわ、カシワってヤバイ人だったんだ」
「い・も・う・と・ですっ!」
「キョウダイ!?」
「双子!?」
「どこの世界に妹に膝枕やらせる馬鹿がいんだよ!?」
「この世界」(ボソッ)
「へーーじゃあ、キミもカシワなんだ。カシワちゃん?」
「美時ちゃんの妹の真雪です。カシワちゃんじゃありません!」
「ミトキにマユキ?」
「わかりにくい」
「ややこしい」
「責任者でてこい」
「父がつけてくれた名前なんです!」
ぷんぷんする真雪がよっぽど面白いらしい。
「おもしれーー。ちょーどいいや。お前ら焼肉こいよ」
「おごっちゃる♪」
「え? ええええええ、お兄ちゃんどうするの、今日の買い物!?」
「先輩のご好意だ。ありがたく受け取れ。じゃないと明日の俺がヤバイ」
「明日休みでしょーーーー!」
「じゃあ、明後日の俺がヤバイ」
いやいや、ヤバイのは実は明日である。
 
と、いう感じで終わらない夢の第壱話に続く。
美時と真雪がイゼルローンに来た理由は、実は行き当たりばったり。
 
 
オマケ
『あっがるっ、ボル・てーーーぇじ!』
「ハハハ、真雪上手い上手い」
めでたくママに見つかっちゃったので、遠慮なくカラオケにいそしむ真雪。
その真雪とヤンの横で、美時はユリアンに歌の説明をしていた。
「トクシャニカ」「キカクナナカ」「バビロンプロジェクト」「グリフォン」
いや、これはアニメのほうの説明だった。
ユリアンはちんぷんかんぷん。
「母さん! 異文化コミュニケーションって難しい!」
「頑張りなさい」
『ねぇ、ママ。前から思ってたんだけど、フライングボールルームで、クディッチできるって、ぜったい!』
「頑張りなさい」
『できるってばーー!』
「マイク離しなさい!」
「できるってママ」
「どうやってスニッチを飛ばせるんだよ」
「それは。スニッチ自体に運動性能を・・・」
馬鹿ファミリーである。
どうやら、宇宙歴時代にはハリポタも廃れてしまったようである。
 
ナッシン・インポッシブル!
 
「眠らない街の御伽噺の時間」に続く
 
 
ちなみに、ユリアンの恋愛未満の思いは、「ヤン・ウェンリーの娘」というビックバンの前に消え去った。諸行無常(笑)

目次へ