春一番、桶屋が儲かるカプリツィオ♪
 
「もうすっかり春だな・・・」
窓の外を見ながら暢気にサボっていたオスカー・フォン・ロイエンタールが呟く。
「いやいやいや、めさめさ冬ですがな、お兄様」
外は普通に冬景色。小春日和でもなんでもないコート無しでは凍え死ぬくらい普通の曇天だ。
お兄様、なんて呼んでも倒錯にすらならない実弟が突っ込む。
この部屋の主ミッターマイヤーは不在だ。
「何を云うか愚弟。立春もとうに過ぎて日も段々と長くなってきた。外はまだまだ雪景色といえど、この雪の下では若葉たちがやがてくる春のために活動を開始しているのだ」
「はいぃ?」
らしくない、らしくないぞ!?この言い草!
「つまり春だ」
厳粛に断言する兄に、不安を覚える。
暇だな
「お、おにいたま・・・」
「暇」それは兄と関わる上において、あまりよろしくないキイワードだ。
兄はちょくちょくサボっているわりには仕事にストレスを感じない。男も女も切って捨てるだけの人間関係にも同じく。兄がストレスを感じる最大のもの。
それは「暇」だった。
彼は思い出した。暇というストレスが最大に溜まった兄の奇行を。
けれどもしかしたらカンチガイかもしれない。一縷の希望を抱いてゆさぶりをかける。
小声で呟いた。
「父ちゃんなんか大っキライだ・・・」
果たして兄は眉をひそめ、優しくたしなめた。
「お前はたまにそういうがな、カール。あれで俺たちの父親なんだ。父上がいなかったら俺たちもいなかったんだから、感謝しこそすれ、嫌わなくてもいいんじゃないか?」
 
(・・・。ダメだ、もー無理)
 
ちょっと変人、もしくはちょっと変態だった実の父を、カールは兄ほど嫌ってはいない。
けれどこの兄の悪癖は多分にロイエンタール家からの遺伝。もしくは父の悪影響だった。
「おねいちゃんのうそつきぃ・・・」
『カール、あれはお前にはちょっと荷が重い。あいつがああなったときはお姉ちゃんが引き受けるから、お前は心配せずにお外に遊びに行っておいで』
『はぁい〜』
「カール? お前疲れてるのか? 確かにあいつは人としてどうかと思うくらい人格破綻者だったが、それでもあいつなりに一生懸命お前を育てたんだ。わかってやれ」
・・・それぐらいよくわかっている。気まぐれに関心を持つ兄とは違い、あの義姉はいつも一生懸命だった。
「顔色がよくないな。少し休んだらどうだ? それぐらいの暇は・・・」
「あーーーーーー! いやいやいやいや、ごめんねにーちゃん。俺明日休みだからさ。今日中にこれ終わらせたいんだ。明日ゆっくり休むからさ。ねっ、明日」
兄の優しげな態度を、大声と笑顔で誤魔化す。
明日になればこの笑顔は綺麗サッパリいつもの傍若無人無関心な態度に戻ることはよく知っていた。
我侭な実兄だが心から慕っているカール。それでもここで「暇だ」といおうものならどういう目に会うか知っているカール。
(やってられっかっつーの)
とにかく他の奴が被害にあえばいいのである。
そう、他の・・・。
「おお、なんだロイエンタールきてたのか。暇だったら俺と・・・」
暇だ
満面の笑顔で振り向いた親友に、流石に嫌な予感が滑り落ちたミッターマイヤー。
「っっっっカーーーーーーーッ! 申し訳ありませんが、ロイエンタール提督。ミッターマイヤー提督を持っていかれると俺の仕事が終わりません」
弟にまくし立てられたロイエンタールは残念な顔になって「それもそうだな」と呟く。
「卿らの仕事の邪魔をしても悪いし、俺は失礼するとしよう」
「それがよろしいかと〜」
単なる、この部屋には自分の「暇つぶし」に付き合ってくれる「」がないという動物的判断だとしてもカールは構わなかった。
しなやかに立ち上がった兄をにこやかに見送る。
扉を閉めた途端、頭を抱えてしゃがみこんだ。
(姉様誉めて! 俺、兄ちゃんの親友守ったよ!)
健気な弟である。
「なぁ、クレイマー。今日中に終わらせなきゃならない書類とかって、なかったよな」
「ありません」
きっぱりはっきり。
 
さて、とカールは考える。
義姉との約束通り自分の身は守った。
しかしどうしよう。元帥府に放たれた(というか、思わず解き放った)地獄からの使者は。
別にこのまま放って置いても犠牲者が二桁を過ぎれば自然に納まるだろう。(それが多いか少ないかはわからないが)
これが実家たるあの懐かしい街だったらばなんの問題もない。ロイエンタール注意報がでれば家々は門扉を閉ざし、一発警報が出ればあの普段は猿の干物のようにめんどくさがりな義姉が(ただしその喩えだともう死んでいる)、頼もしく兄の前に立ちふさがってくれるだろう。
しかしここは金勘定に細かく血の気が多く連日連夜トラブルフェスティバルだった、けれど兄の奇癖に理解のある人々の住む街ではない。
兄を心から愛し普段は、兄に思いを寄せる者や自分に思いを寄せる者もしくはただの邪魔者をどうやって蹴散らすか陰険な策ばかり考え、けれど非常時にはこの上なく雄々しく、この上なく頼りになる義姉もいない。
義姉は、今ここで何もしなくても怒らないだろう。良く自分の身を守ったと、多分誉めてもらえる。
「んーーー」
けれど自分はもう、愛され守ってもらえる子供ではない。五歳の時は自分が一番年下だからみんなから守ってもらえた。けれどもうハタチすぎたし、お兄ちゃんだ。
愛する妹分(姪っ子)と弟分(甥っ子)を思う。
幼少時、なぜかみんな彼が虐待されてたと思ってるみたいだが、皆さんお甘い。
あの義姉がその気だったら軽く三日で野垂れ死んでた。だからゆえに、はたから見てどんだけ虐待されてるように見えても、義姉は一生懸命、精一杯愛情込めて育ててくれてたのだ。姉の兄以外に対する精一杯とはあんなもんである。兄と血が繋がってて命拾いしたことの一つである。他所のお宅から見てどう見えようとも、自分にはじゃれて遊んでた記憶しかない。
あの遠い日、毎日キャアキャア笑いながら街じゅうを駆け回っていた頃はとても幸せだった。
走り回って、こけまくって、毎日とても楽しかった。そんな日々を記憶してる自分が兄と義姉を慕うのは当たり前だと思う。
だから・・・いつも思う。
「両親」と暮らしたことのないあの小さな双子を。
広大な柏の大観園で身を寄せるように父親が帰ってくるのを待っていた赤ん坊を。
二人だけで恒星間移動が許可されるようになったころ、いそいそと母親のところに行く幼児を。
文句一つ言わず、元気に、静かに、両親と家族四人で暮らせる日を夢見ていた子供たちを。
義姉が養子を引き取ってからは会いたいとすら云わなくなった子供たちを。
そして今二人はイゼルローンで同盟軍にいるらしい。本当は軍人なんてやめてほしいのに。
「美時、真雪・・・」
(お兄ちゃんは頑張る。いつかお前らが喜ぶような偉い兄貴になりたくて)←寅さん?
あの日見惚れた義姉の背中ほどかっこよくはないかもしれないけど。
愛する双子の顔を思い描いて立ち上がる。
「ハハ、何年ぶりだろ。全力疾走なんて」
兄恐さにひきつりながら笑う。義姉のように正面から立ち向かうことはできない。
この部屋から追い出した以上、ここだけは安全だがこの部屋から一歩出て兄に見つかったら地獄行き。
「いいですか、閣下。この部屋から出ちゃいけません」
さっきの異様なロイエンタールと、いつも飄々としている副官のいつになくシビアな表情に恐々と怯えながら成り行きを見守っていたミッターマイヤーが首をかしげる。
「どういうことだ、クレイマー? さっぱりわからん」
「説明は後で。とにかく悲鳴が聞こえなくなるまではこの部屋にいてください」
「悲鳴だと・・・」
と、云った途端に耳をつんざく叫び声が。
「ハッ、もう犠牲者が・・・」
「この声は・・・バイエルライン!? どういうことだ、クレイマー」
(うっわぁ・・・バイエルライン提督お気の毒にぃ・・・)
日頃から兄と反りが合わないのは知っているが、満面の笑みの兄に逆らえるはずがない。同名のよしみで普段から良くしてくれるカール・エドアルド・バイエルライン提督の冥福を祈った。
「安全を確保したら真っ先にこの部屋に連絡を入れるのでここにいてください。それとこれ以上哀れな犠牲者を増やさないためにも、是非ともお願いが・・・」
 
「それと・・・この悲鳴と何か関係があるのか?」
「ローエングラム元帥府の存亡が掛かってます」
「ええっと・・・まぁ一応連絡してはみるが」
「お願いします。それじゃあ、・・・参ります」
さあ行け、駆け抜けろ、走れBダッシュで!
(月下遊軍総長カール・フォン・ロイエンタール、推して参る!)
そしてカールは駆け出した。ラインハルトの執務室まで。
「ったーーーーーーーーー!」
とりあえず、叫ぶのは気合。
 
カールは飛ぶように、まわりの風景を置き去りにして駆け抜けていた。
目標はラインハルトの執務室。ローエングラム元帥府でどこに行こうが、結局行き着くのはそこしかない。なんとしてでも先回りして押さえなくては。
(うわーーん、ピク○ンのテーマが聞こえるぅーーーーーー!)
それはカール君永遠のテーマです。
(ん・・・)
前方から鼻歌が聞こえた。長閑な「ユモレスク」。
あわてて壁に張り付いて気配を消す。エネミー発見。
元帥府の廊下をプラプラと散歩なんぞしている。あの歩き方は、「帝国軍人」じゃなくて
(うっわぁ、鬼神様全開じゃん)
自分にはあの兄の前に立ちふさがる実力も気力もない。カール君は早々にそう見限っている。
てか、「鬼神」は月下最高の戦闘能力の証。実質月下を離れて15年以上たってもその称号は兄のものだ。ゆえに、
月下中、誰が立ちふさがっても負ける。
(あ、ビッテンフェルト提督)
何も知らないビッテンフェルトが悠々と前方から歩いてくる。
「よーーーう! ロイエンタールじゃねーか」
「ああ、ビッテンフェルト。暇そうだな
うっすらと笑ったロイエンタールには気づかなかったようだ。
 
(ビッテンフェルト提督。あなたの尊い犠牲は無駄にはしません)
「うぎゃああああああああああああ!」
という悲鳴をバックにカールは再び駆け出した。てか勤務時間中に「暇だ」なんて堂々と言うほうが悪い。
(ヒャッホーー! 走れ、俺! 音をたてずに! 華麗に飛べ! そして無音の着地! そうだ、バレリーナになるのだ、俺よっ! 踊れ踊れアラベスク〜見ててくださいミハイロフ先生!だっけ? 「いつ結婚するんだ?」「退院したらすぐ」なーーんて超カッコイイ〜♪ プロポーズする前によくいえるぜ。さぁ、ワン・モア・ジャンプ! うふふ金メダルも夢じゃないわっ。Oh、あれはラ・セーヌの☆、待っててお姉さま〜〜)
・・・・・・カール、元帥府の、引いては帝国の命運はあなたにかかっているのですよ?
 
「ったーーー、あぶなかった、壊れてる場合じゃなかった!」
「か、カールぅ!?」
飛び込んできた元・クラスメイトに普通に驚くラインハルト。
「あっ、ハルトちゃあ〜〜〜〜ん♪ 俺様ってば、同じ学び舎で共に学び、競い合った友としてお願いがあるんだ〜〜〜」
はいっ!?
思わず固まるハルチ。
「お願いっ、お前んちのねーちゃん貸して! 必ず五体満足で返すから!!」
パンっと両手をあわせられても、「ハイ、そうですか」と貸せる弟がいるはずがない。
「ダメ?」
「駄目に決まってるだろう、そんな怪しげな」
「どーーーっしてもダメ?」
「ダーメ」
「あっ、そう。じゃあ、お前でいいわ
扉の外のかすかなざわめきと共に、カールが冷たい瞳でハルチの胸倉を掴んでいた手を離す。
「えっ?」
そして間一髪、ラインハルトの立派な執務机の影に隠れた。
 
ぱたん。
「おや? ローエングラム公、どうかされましたか?」
果たして入ってきたのは笑顔のロイエンタール。それだけで充分恐い。
「えっ、ちょ、ロイ? ロイエンタール!?」
笑顔を浮かべたロイエンタールがまっすぐ自分のほうに向かってきたら・・・実は大分恐い。
「ロイエンタール? なにを、何をする・・・アっ」
「ほぅ、さすが若いだけあって肌のハリとキメが・・・」
「何を・・・わっぷぷぷ」
「ほうほう、なるほど。よく伸びる。それで、この髪と肌の色に合わせると・・・このあたりか?」
シャランラーーー♪
(うわーーい、お兄ちゃんったら神業発動してるぅーー。ってか、既にハルト同意してねえじゃん!)
「あ、これ結構イイ。使える使える」
カシャンとかパタンとかシャカシャカとかリズミカルにいい音がする。
「発色が」とか「シャドウが」とか「ノリが」とか色々いってるが、既にハルチは抵抗してないようだ。
「ところでローエングラム公。実はこの髪伸ばしっぱなしでしょう。豪奢で結構ですがバレバレですよ」
とシャリシャリと軽くいい音がする。
「そんでチークで・・・グロスは・・・あったほうがいいか? いや、やめとくか。ほーぅ、なかなかシャイニーないい仕上がり」
にっこり笑って仕上がりを宣言する。
「ほーら、綺麗になった」
「・・・・・・・・・、な、何をしたんだ、ロイエンタール」
大体わかっているが、わかりたくない。
ロイエンタールはうっすらと笑って机の下に優しく声をかける。
「ところでカール、お前は何やってるんだ。出てきなさい」
ぴょこん
「だいじょうぶ? ハルちん」
「だいっじょうぶなわけっ、あるかーーーーー!」
「おお、スゲー。さっすがお兄ちゃん。ムーンプリズムパワーじゃん」
パチパチパチパチ。
「ほい、ハルチ」
手鏡。
で。
「あんぎゃああああ、俺の顔が姉上になってるーーーー!」
「いや、それもある意味でスゲーよ」
「で、カール。お前なんでここにいるんだ?」
「あああ、お兄ちゃん、あのね、まだ雪があって寒いからってハルトのお姉さんたちが、あったかい暖炉の前であったかく楽しもうってお茶会してるんだって。兄ちゃんお仕事ないしどうですかって。ミッターマイヤー夫人もくるらしいし、おいしい紅茶ものめるよ」
「おいしい紅茶・・・」
「そうそう。兄ちゃんの大っ好きなおいしい紅茶だよ」
「グリューネワルト侯爵夫人か・・・元々あれだけお綺麗だと、俺としてはあまり楽しみがないな・・・」
「そんなことないよ〜。長いことひっそりと生活してらした方だもの。最新のモードのお話とかもきっと喜んでいただけるはずだよ」
(シャルル様、天使の笑顔のシャルル・オージュ様。俺に力と勇気を・・・)
「そう・・・かもな。それも楽しそうだ。じゃあ行ってくるかな」
「うん、ところで兄ちゃん、ここ来るまでに何人の猛者を倒してきたの?」
(お願いだから、そのおっとりした笑顔やめて、怖いからっ!)
「うん? んーーと、たった三人だな。だからまだ新色同士の組み合わせしか試してない。そこそこの出来にはなったんだが、もっと時間をかければと少し心残りだ」
「(せんでよしっ!)へーそっか。うん、いってらっしゃーーい」
(じゃ、ハルト含めて被害者4人か。悪くない)
「ああ、そうだカール」
「ん?」
「5ミリだけな」
シャリシャリシャリ
「ほら」
「おぅ」
耳の高さあたりの髪と前髪を少し短くしただけのようだったのに、鏡をのぞくとよりシャープで洗練された雰囲気になっている。
「かっこいーじゃん俺―」
「じゃ」
「うん、ありがとー兄ちゃん〜」
とにこやかに送り出したカール(二度目)はすぐに通信装置に駆け寄ると、短縮0番で入っている相手に通信をつなげた。
「あっ、ハルトのお姉さんどうもご無沙汰してますーーー♪」
『まぁ、カールさん。お久しぶりですね。お元気でしたか?』
相変わらずの美貌だがユキヤナギのように地味な方だ。
「ええ、はいーー。お茶会でお楽しみのところをお邪魔して申し訳ありませんーー。実は今フェザーン各社の春の新作コスメ持ってカリスマ美容師もどきがそっち行ったんですよーー。ちょっとメイクとかヘアメイクとかされてくれませんかねーー」
『まぁ、楽しそうね。そんなお客様なら大歓迎しますわ』
「ホンモノのカリスマ美容師並のトークとテクは保証しますんでーー。それじゃよろしくおねがいしまーーーす」
はい、通話終了。
 
「フーー、つっかれたーーー。やったよ、美時、真雪。お兄ちゃんはやったよ!」
残った気力でミッターマイヤーの執務室に「もう外出てもだいじょうぶですよ〜」と通信を入れてから、どっかりと帝国元帥の椅子にふんぞりかえる。
「カール! ウチの姉になんつー最終兵器送りこんどるんじゃ!!!」
「あー、だから、女の人相手なら大丈夫なんだって。トーク込みだから。無理矢理じゃないし。アドバイスは役に立つことしか言わないし」
「あのロイエンタールがか!?」
「そう、あの満面の笑顔のウチのにーちゃんが」
と、ツラ突き合せればそこには麗しく可愛らしいハルちん。一方、鏡を見ればちょいイケてる俺。
「・・・・・・・・・・・あーよかった。俺あの人の弟でっ!」
結構危機一髪。ハルトが部屋にいなけりゃこうなってたのは多分俺。
「ミッターマイヤー夫人にも応援頼んだし。五人ぐらい三時間ほど喋れば飽きてくれるだろ」
けどあれは中々疲れるのだ。兄の神業によって美々しくなり、窶れ顔をしかめる様はまるで西施のようだと見慣れたカールでさえ思った義姉が教えてよこした話。
「確か、15分で三回分ほどの疲労度・・・って、姉様!幼い弟になんてことゆってますの!」
今更ながら義姉の発言の意味に気づいたカールが叫ぶと、大きな音をたてて扉が開いた。
「大丈夫ですか、ラインハルト様ぁっ!」
「あっ、キルピー」
キルヒアイスは出先で元帥府の騒ぎを聞き、あわてて帰ってきたのだ。
「きるひあいすぅうう」
「(キュン)ラインハルト様・・・ですよね・・・?」
涙をにじませ振り返ったラインハルトに思わずときめくキルヒアイス。
「だーーーー、ちょっとまてキルヒアイス。なんだそのキュンて、キュンって!」
「あ、すみませんラインハルト様。失礼いたしました」
「違う! そーじゃなくて俺の望みは違うくて逆だ逆!」
「逆・・・?」
「あああーーー、今のナシ! ナシナシ!」
大分初期の設定だが、実はこのハナシ、ハルチ→キルヒだったんだねそういえば。
「おおーう、がんばれ〜ハルトーー」
疲れきった声でさっきの電話での会話を反芻していたカールは、ようやく真相に気づいた。
「やっとわかった。「春の新作コスメ」だ。誰だちくしょーー!」
だから兄の「春だ」だったのだ。誰か知らないが実家の連中が兄にそんなもの送ったせいで、サクっとピースが嵌ったらしい。
怒りに任せて実家にFTLをつなげる。
「誰だよ、兄ちゃんにそんなもん送った奴は! 姉ちゃん!!」
『あっ、あたしじゃないわよーー』
とん○りコーンを食べていたらイキナリ電話が掛かってきた真沙輝があわてて否定する。
『うわぁ、あいつってば元帥府で神業発動したんだ。よかったじゃん、カール無傷で』
「よくねぇよ! すげぇ疲れたのにっ!」
『あら、オスカーにコスメを送ったのならわたしだわ。大変だったわねカール』
「げっ柏の宮!」
『「おばあちゃん」でしょう、カール』
「柏の宮ばあさま・・・」
『でも私が送ったのはジーニャ・マオのアイシャドウ全色だけよ。まぁオスカーはそっち系のお友達が多いから、色々届いたんでしょうねぇ』
そっち系のお友達・・・一流業界人たちは、ロイエンタールの意見なぞ聞かずマメにオススメブランド品を送ってくるようだ。今一線で輝くメイクアップアーティストの一角はロイエンタールの昔の友達一同で占められている。男女入り混じっており、地下茎の会でも把握しきれていない。
当時から兄は義姉を美しく飾るためなら時間と労力を惜しまなかった。
「あああーーーもう、アホくさーー」
『ところでカール、あなた髪型かえた? 良く似合うわね』
「じゃあねっ! バイバイ!」
ぶっつん。
なんか切る前に栄じいさまの「おお、カールか?」なんて嬉しそうな声が聞こえた気がするが、気にしない。
なんかハルチとキルがまだなんか馬鹿トークをしているが、ほったらかしにして再発防止のために総参謀長の執務室にふらふらと疲れた足取りで赴くのだった。
あ、ハルチのために化粧落としと洗顔料かってきてやろうっと。
 
わざわざ外のコンビニ経由で執務室に赴いたカールは、そういえば三人目の犠牲者が誰か聞いてなかったと気づいた。
ザバーーーーーッ!(頭から水ぶっかけた)
「美しい私に何をする! クレイマー中尉」
「なーに阿呆な台詞ゆーてんですか、オーベルシュタイン閣下」
執務室入ったら、オーベルシュタインが鏡もったまま硬直していたのだ。←そしてそのまま引き返して水をくんできた。
今日のカールは大分疲れているので、結構容赦ない。
「いえ、大変お綺麗です、閣下」
耳まで赤くして何を云うか、フェルナー!
「化粧というのは凄いものだな。私の顔がこんなに綺麗になるとは思わなかった」
なんかお邪魔しちゃいけない空気だったので、兄の「暇=綺麗にしたい病」だから、仕事に埋めといてくれという伝言と四つ買ってきた一泊お泊りスキンケアセットを一個置いてそのまま逃げてきた。
 
廊下であったヒルダにスキンケアセットを一個渡して、ふらふらしながら戻ってきたらミッターマイヤーの部屋も戦場さながらだった。
考えてみれば、一般帝国幹部の皆さんにおいては、ロイエンタールの苦情は全て親友にいくのだから当然といえば当然。
「ああ、無事だったか、クレイマー」
迎えてくれたミッターマイヤーもこの惨状に困惑気味である。
まずバイエルラインとビッテンフェルトが沫吹いて転がっていた。それぞれ
「ぎゃーーーー、俺の顔が麗しくなってるーーーーー!」
「うわああああ、脅威のビフォーアフターーー!」
と鏡をみた瞬間ぶっ倒れたらしい。よくわかる。
よくわかるんだが、バイエルラインを挟んで火花飛ばしてるドロイセンとビューローには見なかった振りをし、ビッテンフェルトの横で片時もはなれず心配しているミュラーには気づかなかった振りをした。それぐらいいいじゃないか。
もうなんか、今日は色々疲れたのだ。
だからミッターマイヤーに「どうしようか?」と聞かれて、「とりあえず閣下は今日の帰りに花屋で花を買って帰ったほうがいいですよ」という謎の言葉を残し、カールは30分人事不省に陥った。
「姉様のばっきゃーろーー・・・zzz」
といった割には、義姉に誉められる夢をみながら。
 
まるでカールと入れ替わりにむくりと目覚めた人物がいる。
イゼルローンの魔術師その人だ。
「おや、どうなさいましたか、閣下」
もはや作戦会議中に司令官が寝てても気にしないヤン艦隊。いや、たいてい幕僚が無駄話に暴走してるんだけど。
「うーん? なぜか今弟をぶちのめしたい気分になった」
「あれ? 先輩弟いましたっけ」
「いや、いないけど」
「おいヤン。あと20分くらい寝てていいぞ」
 
そしてその夜、帰った人々は・・・。
「お帰りなさい、ラインハルト。ジーク」
「ただいまもどりました、姉上」
「ただいまもどりました。アンネローゼ様」
ほとんど何が違うかわからないのに普段の5割増し美しく、服装が苦しげなドレスから若干カジュアル気味になり、まるで後宮に入る前のように明るくなった姉の笑顔に、男どもふたりの胸に春風が吹く。心なしか、肌だけではなく声にまで明るい張りが出ている。
どうやら「カリスマ美容師」は期待以上の結果と効果を出してくれたようだ。
そんで後日あの化粧をキルヒアイスにもしてくれないかなどとくだらないことを言っている間に、この明るくなった姉にキルヒアイスを盗られるハルチ。
 
「ただいま、エヴァ。あ、これお土産」
「まぁ、いただけるんですか。嬉しい。綺麗なお花」
「エヴァ・・・」
「似合い、ませんか? ウォルフ」
「いや、よく似合う。とても。その色がとくに」
「本当ですか? ロイエンタール閣下に新しい基本色に入れてみてはどうかと勧められて、帰りに思い切って買ってみたんです」
『フラウ・ミッターマイヤーはアシッド系を試されてはいかがですか? 大人の優しさと柔らかさと、そして若々しさが引き立つと思いますよ』
(ありがとうございます、ロイエンタール閣下。冒険してよかった♪)
手を出したことのない色合いだったので結構勇気だったのだが、実は自分でも似合ってると思った。
「それに、髪も?」
「はい・・・」
『前々から思っていたのですが、ミッターマイヤー夫人は少し髪のシルエットを変えるだけで、貴方に相応しい気品と軽やかさが出てきますよ』
恥らう仕草に、嬉しくなってミッターマイヤーは抱き寄せる。
「とても素敵だ」
「ウォルフ・・・」
そういえば、今日のロイエンタールはいつもとゼンゼン違ったような気もしたが、ウォルフィーに誉められてとても嬉しかったエヴァンゼリンはちっとも気にならなかった。
この晩プチイメチェンで盛り上がった夫妻はいつにもまして新婚さながらの甘い夜を楽しんだそうだ。
そして、ロイエンタールのお陰かどうかは不明だが、2年後夫妻は年子の女の赤ちゃんに恵まれる。
めでたしめでたし。
 
ところで、この日の一件は翌日いつもの仏頂面で「俺、昨日何かしたか?」とほざいたロイエンタールと共になぜか「春の魔王事件」と称され、長く語り継がれることになる。
当のロイエンタールは春の魔王という名称がどっかのジジイとかぶるからとごねていたのだが・・・。
果たして春の魔王事件で儲かった桶屋は結局だれだったのだろう?
アンネローゼたちの結婚披露宴を仕切った人々? それともエヴァの子供たち?
それともまさか。
全力疾走した春一番が巻き起こした元帥府内の恋の嵐の行方はしらないのだけれど・・・。
 
「ところでさぁ、桶屋が儲かる前に、まず三味線屋が儲かるべきだろう? 俺の幸せはどこ?」
カールや。ピ○ミンは愛してくれとはいわないのだよ・・・。
「いやいるよ。愛ぷりーず・・・・・・・・・・zzz」
 
「「愛してるよ、カール」」
「うう、ありがとう。・・・って誰?・・・zzzzzzzzzzz」
 

                                   続かない!

実はこれは人にプレゼントに作ったものなんですが・・・。
すげー楽しかった。
ところで作中、美時と真雪のために凄い頑張ってるカール君ですが、そんなことしなくてもカールは弟妹(甥姪)にとんでもなく尊敬されてます。よかったネ、カール。
 
ちょっと調べたんですけど、お化粧って介護なんかにも使われてるんですね。
さすがムーンプリズムパワー。←自分で書いてツボったネタ。

戻る