確かはじめは、もっと大人しい奴だったと思う。
贋作童話―A
imitation fairy tale―
脈絡も無くそんなことを考えながら、オスカー・フォン・ロイエンタールはまだ幼い自分の異母弟をあやしている従兄弟を眺めやった。
従兄弟は自分と同い年、つまりはまだ13な訳なのだが、その黒い瞳はいかにも(知能犯の)理知的な光を宿していたし、容貌はまずまずの美人、という域の造りでしかないのに、どこか(蟲惑的に)人目を惹く雰囲気が、なんとも魅力的だった。
そんなことを思い起こしながら見遣る先では、4つの弟を13の従兄弟が笑顔のまま容赦なく張り飛ばしている。
―――どうやら纏わりついてくるのがうざったいらしい。幼児相手に滅多打ち。
だがそんな幼児虐待の現場でも、「全く、仲が良い」という程度の認識を抱くロイエンタール。
後の彼の親友がもっとも疲労する原因となった、彼特有の空前の天然っぷりである。
「ねえオスカー。悪いんだけど、そこからカールの玩具を取ってもらえる?」
「ああ、これか」
手元にあった長縄のような物体を投げると、従兄弟はそれを見もせずに空中でキャッチし、いかにも手際よく、「慣れてます」といった感じで幼児をスマキにしてのけた。
…本気で邪魔になってきたらしい。
幼いながらも、ここで刃向かったりなぞしたらどんな目に遭わされるか、過去の豊富な経験から察知した幼児は、やや怯えながらも黙って縄に巻かれていた。この歳で、哀れである。
カールの不幸王の資質はこんなに小さな時から現われていたのである。
幼児を完全に「カール巻き」にし終わった従兄弟は、心底朗らかに微笑って、ロイエンタールのほうに駆け寄ってくると、まだ同じくらいの背丈しかない少年の首に飛びついて、ぎゅっと抱きしめた。
「?どうしたんだ、ウェンリ―」
「えへへ、何でもないよ。ただ僕がこうしたかっただけ」
ぎゅ――っと、まるでサバ折りでもするかのように力一杯抱きついてくる相手を引き剥がせもせず(そもそも、彼自身にそうするだけの理由が無かった)、ロイエンタールも何となくその背に手を回した。
「あのねぇ、オスカー。…僕、オスカーのことが宇宙で一番大好きだよ」
「俺もだ」
宇宙一長いちゅ――――、をかまされている傍らで、疎外感に人知れず涙を流す4歳児がいた。
「いやぁ、そういえば昔、そんなこともあったねぇ」
からからとお茶のカップを手に笑い転げるかつての少年の片割れ、ヤン・ウェンリ―。
「笑い事じゃないよ、姉様ぁ」
その後20時間近くそのままの姿で放置されていたスマキ幼児こと、現在のカール・クレイマーは、目の前で笑い続ける頭の上がらない従兄弟に、肩をすくめながら茶をすすった。
勿論、カップの中身である紅茶は、ヤンの被保護者である紅茶名人、ユリアン・ミンツ謹製の逸品である。
「それにしても、お前よく4歳の頃のことなんか覚えていたね、カール」
「……忘れたくても、忘れられないよ」
他にも似たような非道のやり口を、それこそ無数に体験してきた、通称「不幸王」ことカールは、歯痛に耐えかねているような表情でかぶりを振る。
目の前にいる「姉様」の、自分の兄が絡んだ時の態度は、それはそれはもう恐ろしいの一言に尽きるほど一途でひたむきなのだ。それでどれだけ周囲が被害をこうむっても、彼らの知ったことではないが。
相手と自分さえいるならば他はどうなってもいいというか。
むしろ二人きりを邪魔する輩は悪・即・斬!というか。
どちらにせよ、迂闊なものは死を免れまい。かく言うカールでさえも、身内であるという一点があったからこそ、今まで無事(?)であったのだ。
そうでないケースは、推して知るべし。
「あ、ところで姉様、今日って午後から何か予定が入ってるって、今朝方言ってなかったっけ?」
ふと思い出し、紅茶のコップから一時的に口を離した従兄弟に、ふぅわりと笑ってヤンは答えた。
「うん、オスカーとデートの約束をしていてね」
ブッ(紅茶を噴いた音)
ちなみに二人がお茶を楽しんでいるのは、皇帝主席副官専用の執務室。
つまりは、ヤンは(元)敵の懐に堂々と居座っているのである。
もっとも本人にとっては、ただの「可愛い従兄弟の仕事場」でしかないのだけれど。
「仕事が終わり次第、カールの執務室に迎えにきてって伝言したんだけど…遅いなぁ。来ないねぇ…」
遅いも何も。元帥府の業務終了時間まで、まだ軽く6時間以上あるんですけど姉様。
カールの血を吐くような心の悲鳴が届くはずも無く、ヤンは不服気に「遅いなあ」を連発する。
…まずい。
この状態が1時間以上も続けば、この人は笑顔でキレる。
長年の経験と野性の本能によりそれを敏く察知したカールは、物凄い形相で噴きこぼした紅茶を気にもとめず(いや、とめとけ)、通信機に飛びつくが早いか、一流ピアニストもまっつぁおな指の動きで、ロイエンタール元帥府に直通のホットラインナンバーを2秒で打ち込んだ。
「もッ、もしもしッ!ロイエンタール元帥出して!!0.1秒でも早く!!」
全銀河の命運がよもや自分の行動一つにかかっているとは露知らないロイエンタールの副官は、それでも通信相手の気迫に気圧されしたのだろう、出来うる限り迅速に主人へと通信を回してくれた。
良かった!!まだ生き残る見込みはあるぞっ!!
―――期待と希望と切望とに瞳を潤ませつつ、カールは画面の向こうの異母兄に向かい必死の形相で語り掛けた。
「兄ちゃん!あのさ、後どれくらいで仕事終わる!?」
「いくら頑張っても、後2時間以上は軽くかかるな。それがどうかしたか?」
尋常でない弟に様子に微塵も気付かず、ロイエンタールは淡々と銀河系の死刑執行書にサインを書き込んでしまった。
ああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁあ!!!!もう駄目だぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄。
異様な圧迫感を背中に感じつつ、それでも尚必死に助命嘆願を呼びかけるカール。
頑張れ!宇宙の未来は今、お前一人の手にかかってるんだぞ!!(大袈裟なようで実はそうでもない現実)
「いや、あのさっ!今日は兄ちゃん午後から用事あるんだろ!?ラインハルトとキルヒアイスには俺から言っておくから、今日はもう退府していいよ!!」
てゆーかお願い、してっ!!
「何を言うんだ。元帥府の主人であるこの俺が自ら仕事を放り出すなど、無責任なことが出来る筈が無いだろうが」
素っ気ない最悪の反応に、ますます後ろの圧迫感が強まるのを肌で感じ、もはや物理的な絶望感に心臓を握りつぶされつつ、それでもカールは健気に足掻いた。
「でも、今日姉様とデートなんだろ!!だからっ…」
「………デート?」
ん?と、何か引っかかるものを感じたらしく、ロイエンタールは形のよい顎へ指を当てて暫く考えると、ポン!と両手を打ち付けてこくこくと頷いた。
わーい天然美形ばんざーい(え?)
「ああ、そういえば約束していたんだったな。分かった、すぐ迎えに行こう。そっちにもうきているんだろう?」
ぶんぶんぶんぶんぶんっっ!!(無言で必死に首を上下運動させるカールを想像してください)
「ありがたく退府させてもらうことにしよう。では、あとでな」
「よ、よかった………」
これで宇宙は救われた…真雪、美時、叔父さんはやったよ!!(おめでとう!カール/筆者思わず男泣き)
「何?オスカー今からこっちくるの?」
さっきまで異様にどす暗かった後ろのプレッシャーが、今度は黄金とも桃色ともつかぬ、神々しいオーラに変わっている。
機嫌一つでこうまで変わる『姉』の印象に、毎度のことながら「詐欺だ」と思う。
「姉様を迎えに、今からこっち来るって。良かったね、姉様」
ところでデートっていってたけど、何処行くつもりなの?と問うた弟分に、ヤンは足元に置いてあった大きめのバスケットをひょいと持ち上げて見せた。
ちなみに天然の葡萄の蔓で編んである、分かる人には分かる超高級品だ。
「ピクニック。フェザーン中央公園にある植物園のベンチで」
ごス(通信機のモニターに勢いよく頭を突っ込んだ音)
片や年齢性別不詳の黒髪の麗人に、もう一人はただでさえ目立ちまくる帝国軍元帥服(妖怪青マントつき)を華麗に着こなした金銀妖瞳の超絶美形。
そんな二人が、いかにも仲睦まじげに、お花畑で運動会のお昼休みよろしく、お弁当を食べている。
………すっげぇ悪目立ちしてるんですけど。姉様、兄ちゃん。
いくらここがフェザーンで、命の危険は微塵もないとはいえ、いささか開放的すぎではなかろうか。
小蛇のような電気の火花で頭をややアフロにしつつ、頭を引き抜きやや引きつり気味の笑顔でカールは精一杯明るく答えた。
「そ、そーかぁ。…めーいっぱい楽しんできてね」
「お前に言われるまでもないさ。私がオスカーとの至福のひとときを、骨の髄まで楽しまないわけがないだろう?」
「ウェンリ―、迎えにきたぞ。迷惑かけて悪かったなカール」
息を荒げる様子も無く、直線距離にして軽く1キロ以上はあった筈のここまでの道のりを、恐らく徒歩での全力疾走でたった5分のタイムで走破してきた男は、向かい風でやや乱れてしまった前髪を撫で付けながら優雅に入室してきた。
言わずと知れた、帝国軍元帥にして、双璧の片割れ、オスカー・フォン・ロイエンタールその人である。
「ん。じゃあ行って来るねえカール。もしかしたら今日はお泊りになるかもしれないから、その時は美時と真雪とユリアンの面倒よろしく〜」
「はいはい。いってらっしゃい、二人とも」
「夜遊びなんかするんじゃないぞ」
そんな台詞は俺の方が言いたいわっ!!
仲良く腕を組んで自分の仕事場からようやく姿を消した兄と従兄弟を見送り、カールは深く重たい溜め息をついてガックリと肩を落とした。
「はぁ…やっと出て行った…仕事中に予告もなしに来るから困るんだよなぁ、あの二人」
くきくきと肩を回しながら、来客用ソファから執務机の椅子へと体を移動させる。
机の上には、軽く30センチを越そうかという書類で出来たバベルの塔が、4つばかり乱立している。
この三日というもの、平均2時間以上の睡眠を諦めざるを得なかった原因を心底嫌そうに眺め、それでも片付ける義務感にかられ、しょうがなく上から一枚取り上げて目を通し始めるカールだった。
「あー、ったくもう。道路整備の申請書なんて、俺の方じゃなくてシルヴァーベルヒのオッサンのほうに回せよー!」
口を動かしつつも、その両手は常人の倍以上のスピードで働いている。なんてったって「有能」な皇帝主席副官なのだから、このくらいは朝飯前、というものである。
「…これを片付けたら、市場に行って夕食の材料を買い込まないといけないな。メニューはどうしようか…三人とも姉様の料理が大好きらしいけど、俺の料理に対してはあんま感想とか言わないしなぁ…。まぁここは無難に、ビーフストロガノフとオクトパスと蕎麦を入れたレタス主体のサラダにするか。んでもって他にも…なんだ?」
ばだばだばだばだばだばだばだばだばばだばだんッ!!
自動スライド式の扉が開ききらないうちに、無理矢理ヤクザキックでそれを押し開けた男は、ずかずかと来客用ソファに近づくと、テーブルの上に置いてある大きなポットを手に取った。
そして、そのまま何も言わずに去っていく。
後に残されたのは、微妙にショートして半開きのまま閉まらなくなったドアと、あっけに取られてペンを持つ手が止まってしまった男の弟だけで。
「…兄ちゃん。一応アンタも軍人なんだから、公共施設は大事に使おうよ…」
呆然としたまま、しかし器用にも両手だけは復活してさらさらと仕事をこなしていく。そんな彼の横で、彼専用の通信機がビッコンビッコン鳴り出した。
「……あ、ハイハイハイ?」
『あ、カール?』
――――――相手は先程の乱入者の片割れだった。
「どしたの。姉様」
『いや別に大したことじゃあないんだけどね。さっきオスカーがそっちに来ただろう?』
紅茶を入れたポットをそこに忘れてたから、オスカーに取りに行ってもらったんだよねぇ。
もしかしたら驚かせたかなーっと思って。
そう言って微笑む相手に、面と向かって『おかげさまで寿命が10年は軽く縮みました☆』なんていえるほどの度胸は無く。
っていうか言える奴がいたら、それは宇宙一の勇者か、世界一の怖いもの知らずか、兄ちゃんと藤姉くらいのものだろう。
――――それにしても、帝国軍元帥ともあろう人間が、ひょいひょいパシらせられてていーのだろうか…?
『邪魔して悪かったね。これからオスカーとランチだから、じゃあねぇv』
…………語尾にハートマークまでつけられてしまった。
完膚なきまでに叩きのめされて、それでもそれでも懸命に仕事を終えるために両手を働かせて。
椅子に座り、顔を通信機に向け、両手を忙しく動かしたまま、カールはそっと涙した。
頼むから…頼むからこれ以上俺の生活掻き乱さないでッ!!
到底叶いそうに無い願いを地獄の悪魔が気まぐれに取り上げたのだろうか、その日から三日、ヤンとロイエンタールは二人そろって、こっそりと失踪(家出とも言う)したのだった。
「自分の面倒くらい、自分で見ろ――――!!」
カールの絶叫が、諸悪の根源である二人の家族に届くことは、恐らく一生無いであろう。
おしまい(限界)
にょーーーっほっほっほ!
「螺旋階段転落中」の心の友・戚くんから昔々ガメた代物です。
確実に5年以上前に!なぜそんなものを2008年の師走にひっぱりだしてきたかというと、
ただ単に、こないだ思い出したから!
でも、ちゃんと本人に許可もとったし、多分、おーるおっけーvvv
メールした彼女の文面が「思い出したくもねぇ」と死んでた気がするのは、気のせいv
そんなもの、りほちゃんに、書いて送るほうが悪いのよねぇ。
一応、りほの自前の設定との相違点は、ユリアン・ミンツがフェザーンにいることと、ヤン提督こんなに弟虐待してないぞぅ。ということだけです。
当時、不幸王の呼び名が高かったカール・クレイマーくんにたいする、戚ちんの愛とパワーが文章にあふれてまくってますねv
あと、若かったナァ。うちら。
青春の遺物お蔵だしですねぇ。
思い出します。当時、彼女と一回だけいったカラオケ。
戚ちんの「フィッシュ・ファイト」の勇姿は、多分一生忘れないよ! 多分・・・。
あと、ガ○ダムの「シ○アがくる」の、シャアを全部「ムライ」に変えて歌っていた戚ちゃんに恐怖のあまり、絶叫したことも、今ではいい思い出だよ。(遠い目)
え? 一応愛はあるよ。戚ちんへの。
宇宙のどこかに。
りほ
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