眠らない街の遥かなる神
 
 
美時くんと真雪ちゃんは常々不思議に思っていました。
それはおじいちゃん、ヤン・ルーシェンのことです。
どんな人だったのでしょう?
ある人は、美時くんと真雪ちゃんを指差して爆笑しました。
ある人は、物凄く厭そうな顔をしてからバツが悪そうに苦笑いして飴をくれました。
生き神様のように美時くんと真雪ちゃんのことさえ拝む人まで居ました。
 
さっぱりわかりません。謎過ぎます。
意を決した美時くんと真雪ちゃんは、お母さんに聞きに行くことにしました。
それに士官学校卒業するから、といって呼ばれてもいたのです。
美時くんと真雪ちゃんのお家はお父さんとお母さんが別居しています。ついでに、美時くんや真雪ちゃんとも別々に暮らしています。
お父さんはオーディン、お母さんはハイネセン、美時くんと真雪ちゃんはフェザーンで暮らしているのです。
フェザーンからハイネセンまでは少し遠いのですが、美時くんと真雪ちゃんには慣れた道です。
ちゃかちゃかとお泊りの用意をして「如月」でハイネセンに出発しました。
「如月」はスグレモノで、宇宙管理局を誤魔化すシステムが書き込まれているのです。
子供二人でうちうせんを動かしてもゼンゼンOKです。
そしてこの船は反則クラスに速いので、あっという間にハイネセンにつきました。
宙港までお母さんがお迎えにきてくれました。
何時もと変わらない笑顔で、ころころと走ってくる美時くんと真雪ちゃんをぎゅっと抱きしめてくれます。
美時くんと真雪ちゃんはお母さんが大好きです。
 
「は?おじいちゃま?ウチの父親のこと?」
お夕飯を作っているお母さん直撃です。
いささか唐突だったかもしれませんが、真剣な美時くんと真雪ちゃんにお母さんも真剣に考えます。
「ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
美時くんと真雪ちゃんがくる時は、お母さんは士官学校に外泊届を出して美時くんと真雪ちゃんのおばあちゃまにあたる、レティシア・ヤン・クレイマーの隠れ家、もとい、数ある別邸(本邸あるのか?)の一つにお泊りします。
「ルーシェンねえ・・・、ルーシェンはねえ・・・・・」
あまりにも真剣なお母さんは、お味噌汁を火に掛けっ放しだということも忘れているようです。
その遠くを見つめたお母さんの瞳には、遠い昔の思い出が映っていました。
 
『ウェンリー?どうした?』
『お星様!』
『ん?ああ、お星様だな。お前、展望室好きだなあ。宇宙が好きなのか?』
『お空?』
『お宇宙だ』
『あのね、お父さんの目と一緒だから好き』
『へえ・・・』
クッションを敷き詰めた床に腰をおろした男は、膝の上に息子を乗せその髪を優しく梳いた。
『お前も・・・。いや、大きくなったらこの「神無」はお前のものだからな。いろんなところへ行って、いろんなものを見つけて、おじいちゃんやおばあちゃんや真沙輝にいっぱいいっぱいお話してやらなくちゃな』
『うん!おじいちゃんもおばあちゃんも真沙輝ちゃんも大好き!いっぱいお話するの!』
『いい子だなウェンリー』
『あら?パパとウェンリーくんだけで、何お話してるの?』
『カトリーヌ!よし!ウェンリー、今日は展望室に布団しいて三人で寝るか!』
『キャーーーイ!』
『ルーシェン、質問は!?』
 
「「お・・・お母さん?」」
遠くを見て押し黙ってしまったお母さんを二人は呼びます。
「そうだねえ、ルーシェンは私の父親だよ。本当に、私から言えるのはそれだけ。ちょっと馬鹿みたいだね」
アルカイック・スマイル。何処か寂しそうな微笑み。
「あ、ごめん、お味噌汁煮え過ぎちゃったね。今すぐ作り直すからもうちょっとだけ待っててね」
そう云って美時くんと真雪ちゃんの口にブロッコリーを放り込んだ時は、もういつものお母さんの笑顔でした。
でも、美時くんと真雪ちゃんの口を閉めたのは、ブロッコリーではなく、お母さんのさっきのみたことも無い顔でした。
そしてそのあとも、その不思議な微笑みは長く美時くんと真雪ちゃんの心の隅から消えなかったのでした。
 
 
なんとなくはぐらかされたまま、美時くんと真雪ちゃんがフェザーンに帰ってくると、幼年学校の夏期休暇でカールお兄ちゃんが帰ってきていました。
カールお兄ちゃんは、美時くんと真雪ちゃんのお父さんの弟で本当なら叔父さんなのですが、まるで本物のお兄ちゃんみたいなので美時くんも真雪ちゃんもお兄ちゃんと呼んでいるのです。
なにしろ、お父さんとお兄ちゃんは年が9つも離れていますが、お兄ちゃんと美時くんや真雪ちゃんは年の差が6つしかないのです。無理も無いお話ですね。
美時くんと真雪ちゃんはこれ幸いとお母さんにしたのと同じ質問をお兄ちゃんにしました。
「あーー?ルー伯父ちゃん?なんで俺に訊くのさ、俺にィ。兄ちゃん伯父ちゃんと最後に会ったの4つの時だったんだぞ?今のお前たちより小さかったんだからな?」
美時くんと真雪ちゃんはこれに猛反発しました。
もしこの先二度とあえなくなったとしても、美時くんと真雪ちゃんがお父さんとお母さんのことを忘れることは考えられないことだったからです。
「まあ、そうだけどな。うん・・・・、ルーシェンだろう?そりゃ俺も伯父ちゃんのことは大好きだったけど・・・」
困ったようにお兄ちゃんも考え込んでしまいました。
 
『伯父ちゃん?何やってるの?』
『ん?カールか?どうした?眠れないのか?』
『トイレ。伯父ちゃん?』
『ああ、月が綺麗だよな』
 
「そうだな、伯父ちゃんは、派手で、かっこよくて、態度でかくて・・・・・・・。月みたいな人だった」
「「?????????」」
なんだか今とても面妖なことを聞いた様な気がします。
態度でかくて月?今のはもしかすると聞き間違いでしょうか?
「あ、ゴメンな二人とも、大丈夫か?目がぐるぐるになってるぞ、オイ」
でも、結局カールお兄ちゃんもそれ以上喋ってくれることはありませんでした。
 
 
しょうがないので美時くんと真雪ちゃんは、真沙輝お姉ちゃんの所に訊きに行くことにしました。
大観園の長い長い廊下をぺたぺたと歩いてお姉ちゃんのお部屋まで向かいます。
この人こそ叔母ちゃんでいいと美時くんと真雪ちゃんは思うのですが、本人が断固拒否するのでなぜかお姉ちゃんと呼んでいるのでした。
「ルーシェン兄様?え?月みたいな人だったって?カールがそう云ったの?」
真沙輝お姉ちゃんは面白そうにクスクス笑うと、珍しく優しい顔でカールお兄ちゃんの台詞を肯定しました。
「そうね、そういう一面もあった人だったわ。柔らかい日差しの太陽のようだったカトリーヌ叔母様とそれはそれはお似合いでねえ。鋭い月というか、いえ、逆だったのかもしれないわね」
「「カトリーヌ・・・お祖母様?」」
「ええ、二人にしてみればお祖母様ね。ウェンリーのお母様よ。ああ、そっか。もう私やウェンリーぐらいしかよく覚えてないのね。カールもオスカーも面識はないし。栄お祖父様や宮お祖母様がどう思ってらしたか、私も聞いたことはないし・・・・。あのね、なんだか本当に天体に喩えたくなるようなお二人だったの。私はカトリーヌ叔母様が大好きだったわ」
 
『どーした真沙輝、ぶーたれて。せっかくの美人さんが台無しじゃないか』
半泣きの真沙輝は、ルーシェンの首にぎゅっとしがみ付きルーシェンにだけ聞こえる小さな小さな声でそっと告白した。
『ウェンリー・・・・、オスカーに盗られちゃった』
『そっか』
ルーシェンは「ウェンリーが男を連れ込んだ!」と騒いでレティシアに結婚式をお膳立てさせた当の本人の頭を優しくポンポンと撫でた。
『辛いか?』
『違うの、ごめんなさい。ごめんなさっ、ひっく』
ルーシェンは幼い少女の涙が後悔や嫉妬からなどではないことをよくわかっていた。
『お前は時々難しいことを言うなあ、真沙輝ぃ』
なおも小さくごめんなさいと呟く少女を更に優しく抱きしめる。
『お前、カトリーヌのこと大好きだったもんな。辛かったんだよな?カトリーヌが死んだこと。だからわかったんだよな?ウェンリーが苦しんでるって。お前は優しいいい子だよ、真沙輝。ウェンリーもオスカーもちゃんとわかってる。あの二人もお前のこと大好きだよ。だから、寂しくなんて無いんだ。泣かなくてもいい。お前のしたことは、ウェンリーにとってもオスカーにとってもいいことだったんだ。自分の我が侭だなんて思うな。もう、苦しまなくてもいい。謝らなくてもいい。皆お前のことが大好きだよ』
『ルーシェン、魔法使い?』
『なんで?』
『真沙輝が欲しかった言葉、全部くれたから』
『魔法なんか使えなくてもわかるさ、お前の事がとても大切だからな。と、もう大丈夫そうだな?お前・・・』
『うん、もう大丈夫。ありがとう、おにいちゃま大好き。お休みなさいルーシェン』
『ああ、お休み真沙輝・・・』
 
「こっちが気の毒になるくらい身内を大切になさった方だったわ。お兄様は。お兄様のお兄様、タイロン様に似たのね。それとも、ヤン家の特質なのかしら?もしかしたら、柏のかもしれないわ。どうしようもない同族会社ね。貴方たち二人はお兄様の血を継いでいることを誇りに思っていいと思うわ」
天変地異クラスの和やかな微笑みに、つられて美時くんと真雪ちゃんも微笑みます。
実はよくわかっていなかったのだけれど、おじいちゃんがとても好かれていたことがわかったので美時くんと真雪ちゃんは大満足でした。
 
 
「?どうした?寝ないのか?」
そう不思議そうにいったのは、美時くんと真雪ちゃんのお父さんでした。
あれから暫くして美時くんと真雪ちゃんは、今度はお父さんのお家にお泊りに来たのです。
お父さんのお家はとても大きなお屋敷で、敷地の中に書院造りの離れがあります。
美時くんと真雪ちゃんがお泊りにくるときはいつもそこにお布団を敷いて寝ることになっているのです。
「おじいちゃんって、どんな人だった?」
枕もとにいるお父さんに美時くんが訊きます。
「ルーシェンおじいちゃま。どんな人だった?」
本当はもう好奇心は満足していたのですが、暗闇の中で聞こえるお父さんの凪いだ夜の海のような声が気持ちよくて、もっとお話が聞きたかったのです。
「ルーシェン?だと?」
珍しくもお父さんが眉根をよせて、少し困った顔をしたらしいです。
「そうだな・・・」
お父さんは、美時くんと真雪ちゃんの頭の高にある襖をカラリとあけて、その襖に背を凭れかけて座ると、思い出を手繰るように静かに口を開きました。
「ルーシェンは・・・、強くて、綺麗な男だったな」
お父さんの背には、月が白く冴え冴えとした光を放ち静かに浮いていました。
 
『オスカー、お前俺のこと嫌いか?』
『当然だ』
『そうか・・・』
『お前が俺に嫌われるべく振舞っているのだからな』
『なあんだ・・・、知ってたのか』
『嫌ってやるのが礼儀というものだろう?』
『では、なぜ俺がお前に嫌われるべく振舞っていたのかは?』
『・・・・・俺は、お前に感謝していないわけではない』
 
「綺麗ぇ?おじいちゃまってお綺麗だったの!?」
「こら、布団かぶって目を閉じろ。俺が話してやるのはお前たちが寝るまでだ」
思いっきり首を反らし、目をグリンとむけた真雪ちゃんのおでこをお父さんが小突きます。
「知らなかったのか?」
「誰もそんな事言わなかった」
「私たちお写真も拝見したことないんだもの」
「そうか。ルーシェンは強かった。誰よりもな。そして、誰よりも綺麗だった」
このとき、お父さんがあくまでも客観的にのみ、物事を述べていたと美時くんと真雪ちゃんが知ったのは、ずっとずっと後のことでした。
 
 
月を見ると思い出す。
彼の遥かなる神を。
陽気で、尊大で、誰よりも艶やかで鮮やかだった男を。
そのくせ、誰よりも夜に属していた男を。
 
 
「なんでかなあ、思い出すのは必ず涼しげに笑ってる顔なんだ。「夜」のあんたの顔なんてそれこそ数えるほどしか見たこと無いはずなのにさ。いつも遊んでくれてた「昼間」の顔じゃなくて。なんだろうね?父さん・・・」
 

 

 
似非二万ヒット企画。
ルーシェンの魅力を掘り下げようとして、見事玉砕したもの。
途中の真沙輝とルーシェンの会話は気にしなくていいです。私も実はよくわかってないし。
 
では、再見♪


目次へ