眠らない街の赤の祭りと誕生日

 

「ママぁーー! コレ食べて、コレ!」

 

でっかい風呂敷包みと共に司令官室に飛び込んできた真雪が机の上にどーーんとソレを置く。

「食べて、ママ」

「・・・・雪ちゃん」

雪専用の蝶々模様の派手な風呂敷から出てきたのは、立派且つ実用的な黒塗りの三段重。

実の娘のレパートリーが一つしかないことを知っているヤンは、その量に苦笑した。

「マユキちゃんも料理するんだ? ミトキだけだと思ってたよ」

「俺はこれ作らないから。母さんもだけど」

今日も明るいユリアンが云えば、追いついた美時がそう応じる。美時も中身を知っているらしい。

「これは女の子の専売特許だからねぇ」

「・・・・・・・、ヴァレンタイン・チョコですか? 提督」

「よかったらユリくんも食べて〜。キライ? おいなりさん」

カパッ

三段重の一番上の蝶々の蒔絵のフタをはずすと、現れたのは可愛らしく並んだ・・・。

「・・・、ナニコレ? ごめん。知らないや」

「「いなりずし」」

母と息子が唱和する。

徐にその一つに手を伸ばしながら、ヤンが娘に笑いかけた。

「それにしても真雪、凄い量だね。運動会みたいだよ」

「うーんと、昨日の朝ねぇ。お兄ちゃんのお使いで、2ブロック先のお豆腐屋さんにお豆腐買いに行ったのね。そうしたらきゅーーに、おいなりさんが食べたくなって、ついでに油揚げを頼んでおいて、シフト終わって取りに行って、猛烈に作っちゃったの。作りすぎたから、みなさんも食べるの手伝ってください」

ペコリ

「これはねぇ、お寿司の一種で、いなりずしというものなんだよ、ユリアン。私の実家ではね。お祭りになると、女の人たちが朝早くから山っほど作るんだよ。でもわざわざ作って『これ食べて』なんて云われると娘っていいなぁって気分になるね」

「あっ、てゆーか、母さん。今日9月20日だよ。赤の祭りじゃん」

「ああ。カールの誕生日だよ。あの子の好物だ。だから雪ちゃんわざわざ・・・」

振り向いた真雪は「あ」の形に口を開け、とまっていた。

「「忘れてたな、お前」」

ポムっ

「ああ、だからか! なんだかやたらめったら作りたくなっちゃって!」

キュッとリズミカルにポージングしながら笑顔。

「さっすが、月下DNA! 本能で料理までつくれるのね〜〜」

くるくるくる〜ん

「・・・美時君、ダンスニードルの不思議な踊り」

「ああ、なるほど。そんな感じ。って母さん。一人娘にそれって酷い・・・」

ダンスニードルのふしぎなおどり=MPが下がる。だったかも。

「けれど、そうかもしれないよ真雪? なんせ私たちは4千年以上、太陽暦以前から今日、この日に赤の祭りをやってきたんだから」

ヤンが娘と息子に優しい笑顔を向ける。

他のメンツは一瞬何をいわれたかわからなかった。

「って、先輩!? 4千年って、何スかその数字は!」

「口伝じゃ6千年以上・・・だ。信じたきゃ信じればいい」

「提督んちって、そんな凄い家なんですか?」

「凄い・・・けどねぇ、ポプラン? 人類の歴史は15万年超。お前が今、生きて、ここにいるってことは、お前にもそれだけのご先祖様がいるんだよ。ウチとの違いは、それが伝わってるか、伝わってないか。それだけだ」

なるほど・・・と思っている部下一同は、実は体よく誤魔化されていることに気づかない!

 

「ところで母さん、赤の祭りって、そんなに昔からやってんの?」

「そうだよ? 赤の祭りは収穫祭。秋祭りだね。大地の稔りに感謝する日。どこにでもある祭りだ。昔、私たちが商人になる前、はるか故郷の谷で農耕生活を営んでいたころからあるお祭りだ。太陽暦に直して9月にやってるってことは、北半球だったんだね。

5月の月下祭よりも、ずっと昔からやってるんだよ」

「故郷の・・・」

「谷?」

双子が首をかしげる。

「そう、そりゃあ美しかったという話さ。祭りの日は谷から谷へ、赤い布が幾本も渡されて。それが谷を渡る風にはためいて。青く高い空にそれはそれは映えたって。今でもお祭りの踊り子の衣装は赤い服に鈴をつけるだろう? 昔はみんなアレをきてにぎやかに楽しんだそうだよ」

鉦を打ち鳴らし、天まで跳ね上げろ、足を踏み鳴らし、太鼓は大地に叩き響かせ、

力の果てまで笑い踊るのは、貴方を愛するから・・・

「「へーーーー、知らなかった」」

目を輝かせて聞いていた双子に、不意にヤンが「ん?」となる。

「てゆーか、お前たち? なんで知らないんだ?」

「「え?」」

「なんで本家の連中はお前たちになにも話してないんだ? 聞いてないのか「お話」?」

「「な、なんにも!」」

「! よく考えりゃぁ。ヤン家の成り立ちが柏家に伝わってるはずがないのか。てゆーか、レットやカールは! ああ、そうか。伝わってる「お話」はヤン家のほうが圧倒的に多いのか。それにしたって! いっちばんの基本中の基本ぐらいは教えとけよ! てゆーか、レットって「お話」どれくらい知ってるんだ? カールにはどれだけしてやったっけ?」

「ま、ママだいじょうぶ?」

「だ、大丈夫じゃないかもしれない」

「母さん、レティーおばあちゃんたちがどうしたの?」

「・・・、あんにゃろーーども、私に未だに「ヤン家」であれと? 初代様との約束を守れと? ううーーーぬーーーー」

「「お、お母さん・・・」」

「いや、悪いお前たち。なんでもない。親として私の配慮が足らなかったんだ。お前たちは柏を名乗ってはいるけれど、私の子供たちだものね。ヤン家のことを話し忘れていたのは悪かった」

すっかりビビってしまった子供たちを充分に安心させる笑顔だった。

「お母さんがいっぱいお話をしてあげるよ。私がルーシェンや夢幻から聞いた話をね」

 

「ねっ、ママ。どう?おいしい? おいしい??」

「うん、凄くおいしいよ。藤波や柏の宮様と同じくらいおいしい」

「ホントに!? うっわーーーい!!」

「うん、ホントに。俺どーーっしてもコレだけは作れねぇんだよなぁ」

「コレ、うちの弟の好物の一つでさ。何度か挑戦してみたんだけど、その度にウチの馬鹿、藤のヤツの方がおいしいとかってホザキやがるから諦めた。けど、どうやっても藤たちみたく美味しくならないんだよねぇ」

「だよねーー、月下街の女にしか伝わってない秘伝があるのかと思っちゃうよね」

「ああ、あるよ。秘伝」

「真雪、それは私もむかし藤波に聞いたよ」

「「愛」」

「ベタすぎ」

「だからわたしはもう、女神様の魔法でいいことにした」

「ことにした・・って」

「それで不都合はない!」

「ママ素敵!」

 

「ねぇ、ユキちゃん。提督の弟さんて?」

「大理くんじゃないよ。カールお兄ちゃんはパパの弟。だからママの義弟ね」

「結婚四年目に生まれた従兄弟なんて実の弟とかわりないよ。あ、そっか。私って実の弟いるんだ」

「コラコラ、母さん」

「カールさんていうの?」

「うん、もーー超〜〜〜〜〜!カッコイイよ!!」

ハテ? ヤンが首をかしげる。

「どんな面倒事も、どんな厄介事でも、ポンポン片付けてっちまうし」

カールの最大の特徴、絵が上手いということをさりげなくはずして語る双子に、ヤンはよしよしと頷きながら、しかし。レティシア・クレイマーの息子だし。

カール・Y・クレイマー・・・バレるか?

ま、いっか。

「超有能。いつも冷静だし、普段のことに対してだったら、母さんなんかよりよっぽど頼りになる」

それは私が役に立たなさ過ぎるからじゃないのかい? とヤンは思った。

「俺もあんなにカッコよくなりたいと思ってる。本気に」

悔しさと憧れのまじった美時に、ヤンはとうとう笑い始めた。

 

あの子がねぇ。

あの泣きむしが。

転んだといっては泣き、抱っこしてといっては泣いたあの甘えん坊が。

大きくなったんだろうな。

「シェーンコップ、君身長何センチだっけ?」

「187ですが?」

「いや、なんでもない。ありがとう」

ホントにこれぐらい大きくなったんだろうか。あのちびが183だって。

私の腰ぐらいしかなかったのに。ホンの子供だったのに。

『えーーーん、おねぇちゃーーーーん』

泣けば甘えられると知っていて。私が暇な時を見計らっては泣いていたあの子が、どんな大人になったんだろう。

美時や真雪のハナシでは、いい子に育ったらしいが。

「誕生日、おめでとうカール」

会いたいなぁ。

いや、会うのがたのしみだ。必ず街まで帰らなければ。ヤン家の人間は。

・・・ちなみに、彼が弟の誕生日を思い出したのは12年ぶりである。

 

『んで、おいなりさん作ったんだけど、どうよ?』

お前もか、真沙輝。

「うん、おいしいよ。真雪の作ったヤツが」

『あたしのの方がおいしーわよぉ!』

「雪のが美味しい」

『あたしだって!』

「一人娘の作ったヤツのが美味しいに決まってるだろ!」

『ウェンリーーー! 帰ってきたら、女神様の御名前にかけて、覚えてろーーー!』

「やなこった」

 

「んでさ、お兄ちゃん」

「なんだ? カール」

終業時間と同時にいじけたツラで入ってきた弟に、ロイエンタールが水をむける。

ちなみに、飲んでいる紅茶は弟にいれさせた。

「今日って俺の誕生日なんだけど」

「ああ、そうだな」

「俺、影薄くない?」

「いつものことだろ」

「うわーーーーん、兄ちゃんのアホーーーーーーー!」

ひしっ!

いくら細身とはいえ、自分といくらも身長のかわらない弟にのしかかられて、しかもめそめそ泣かれても嬉しくない。

けれど、今日は弟の誕生日だったので、ちょっとは甘やかしてやる気になった。

ポムポムと頭を撫でて、前髪にちゅーしてやる。

いくら執務室に誰も居ないとはいえ・・・、やっぱりロイエンタールは天然なのである。

「ところで、カール。なんで今日は逃げないんだ?」

確か幼い日、弟は「おやすみのちゅー」以外はほとんど飛びのいて逃げていた。

「ああ、だって、姉様いないもの」

「はぁ?」

続きを云おうとしたが、扉の開く音でカールが身をすくめた。

(げっ、ミッターマイヤー閣下!?)

・・・カールのIQ300はこの程度である。

けれどカールはすぐに、今日は上司は奥方と外食の予定があることを思い出した。

「この、馬鹿どもが・・・・」

しみじみと云ったこの声は。

「イイトシして兄弟で何いちゃついてるのよ。なんだって女神様はこんなアホどもを放置しておられるのかしら」

「母ちゃん!」

「レット・・・」

いつもの特技を使って、元帥府の中までずかずか入ってきたレティシアである。

「つくづく馬鹿な息子をもって母ちゃんは悲しいわ」

「だって、姉様が居ないうちに兄ちゃんに甘えないと」

「そーよね。ウェンリーってばそゆとこカトリーヌお姉様直伝で天才だったものね」

「カトリーヌお姉様?」

「ウェンリーの母親で、ルーシェンより18年上だったはずだから、レットとは20くらい違うはずだ」

「そーーよーーー! 美しく素晴らしく完璧で美しくカッチョイイカトリーヌお姉様ぁ・・・嗚呼、はにゃーーーーん♪」

「・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・」

「ウチの馬鹿兄貴のやった中でアレだけが唯一の大手柄だったわ」

兄弟は確信した。「カトリーヌお姉様」について突っ込んではいけない。

レティシアが夢見る瞳で「はにゃーーーん」なんてぶっ壊れる相手だ。

兄弟は揃って黙ることで返事にかえた。

この兄弟はそーゆーとこソックリだった。

「あ、ホラ、いつまでもひっついてないでコレ食べなさい。あげるから」

これまた漆塗りの重箱三段。やっぱりレティーも作ってた。

「うっわ、母ちゃん大好き! 俺母ちゃんの息子でよかったよ。産んでくれてありがと!」

「食べながらゆうな!」

バキっ

しかし、レティシアも人の子、人の親なので優しい目をむける。

「どう? おいしい?」

「うん、柏の宮様の作ったのの次くらいにおいしい!」

バキっ

レティシアが水筒に入れてきた緑茶をお供にロイエンタールも同じことを思ったが、こちらは賢明にも黙っていた。

 

たいた油揚げの絶妙さは、年が増えるごとに増していくようです。

さて、親馬鹿だったのは誰でしょう?


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